
この日、前夜から発熱した息子のために朝は幼稚園の登園を見送って仕事を休むことにしました。
いつも来てもらっているシッターさんは急遽キャンセルして、インフルやノロの可能性に備えたのでしたが、結果的には大したことなく、午後には熱も引いて食欲も出てきたのでした。
だったら午後の習い事には行けるかな、とバレエバッグを持って出かけようとしたところ。。。最近、習い事のたびに泣きが入る息子が、グズグズモードに突入…。
2週間前には体操のクラスで大泣きして、「体操はつかれるから嫌だ」。
一週間前にはペーパーのクラスで大泣きして、こんなことやりたくない(直前までやっていたゲームを取り上げられて不機嫌モード)。
この日はバレエにはいじめっ子がいるから行きたくない、と言い出す始末でした。
思い返すこと1年半前、娘の受験のために息子にはiPhoneを渡してずっとYou Tube をヤラセっぱなしということが続き、ともすれば楽に流れ、根性が鍛えられていない駄々っ子が出来上がってしまったような気がします。
一方で、まだ小さい子どもの習い事というのは本人が習いたいと言ったわけでもなく、仮にそう言ったとしても深い考えなしにフィーリングでやると言い出したことだったりして、どこまで強制力を持ってやるべきかは悩ましいところです。
ですが物事にやはじめ時と同じく、やめ時と言うようなものがあり、「今日はなんとなくやりたくないから辞める」というのは、悪い辞めグセがついてしまいそうです。
しかも習い事というのはそれなりにお金もかかるし、時間や送迎の手間や、先生や他の保護者との関係など、面倒くさいことも多いものです。親としてはいろんな障害をクリアしていろんな体験をさせてあげたいと思ってやっているのに
「お母さま、習い事をさせてくださってありがとう」とでも言ってニコニコ通ってくれるならまだしも、「嫌だぁ~、やりたくない」などと駄々をこねられると、「だったら全部辞めてしまえ」と突き放したい気分になってしまいます(ため息)。
「オレ、本当はサッカーやりたいんだよね」と息子。聞いてみると、毎朝幼稚園の園庭でサッカーをしていて、時々シュートを決めて恍惚感に浸っているようです。サッカーなんてのは鼻水垂らした子どもが大勢で路地裏でやるスポーツだから、勝手にやっていいよ、と私。年長になると近所の小学校のサッカースクールにも入れるし、どんどんやってという感じなんですが、
「たった3ヶ月で、しかもいじめっ子がいるから行きたくないというヘタレにサッカーなんてできるの?」と本人に聞くと、さすがに恥ずかしいと思ったのか、ヘラヘラと笑い出しました。「ウソウソ、来週はやるから。でも今日はやりたくないってこと」
と、こんな押し問答をバレエ教室の入り口でしていると、バレエ団の結構有名な男性の先生が出てきて私たちのやりとりを聞かれてしまいました。「どうしたの?レッスンするなら、ドン・キホーテのあのカッコイイポーズを教えてあげるよ」
げっ!現役のバレエ団のソリストにこんなことを言ってもらえることがどれほど幸運なことなのか、全く理解していない息子は「いやだ、いやだ」とかぶりを振り、先生のことをガン無視して駄々をこね続けました。
結局、根負けして、この日はレッスンを受けずに一時退散。その後、娘のクラスまで時間を潰したのですが、娘もなんだか気分が悪いとか言う有様で、季節柄、感染症の疑いもあって無理強いはできず。。授業料だけ無駄に納めて帰ってきました。
くーっ(悔し涙)。なぜこんな苦労をしてまで、子どもに思いを踏みにじられるのでしょう。
せめて記念撮影ね、と撮ったのが上のクリスマスツリーのショットです。仕事を休んでまで子どもの体調を気にかけ、習い事の送迎までやったのか、と悲しくなります。
いやほんと、やる気ないなら辞めてください。授業料もったいないし。
ところが、かつて同じようにバレエ学校の登校拒否をしたにも関わらず、今では同年代のお友達との関係が楽しくて仕方ない様子の娘いわく、「(おとうとの)気持ちは分かるよ。説明はできないんだけど…。でも今は私はバレエすごい楽しいから、続けさせてくれて、ママどうもありがとう♡」
どうも時差があるようです。
こういう展開もあるので子どもの習い事の辞めどきというのは益々分からなくなっています。
子どもから「ありがとう」と言ってもらいたくてやっているわけではないけれど、せめて楽しそうに通ってくれないかな、と思ったこの日でした。