Happy Mommy Diary

人と比べず自分らしく輝く方法を見つけよう

二十六聖人記念館


長崎には沢山の遺跡がありますが、秀吉のキリスト教禁教令下で迫害され、今の長崎駅からほど近い西丘に並べられた十字架の上で処刑された26人の聖人はあまりに有名です。

イエズス会の布教後に入ってきたフランシスコ会という厳格な会派が京都で摘発されたことを受け、当初は3-4千人ほどの対象者が挙げられたそうですが、24名にまで減らされ、途中で2名が加わり、最終的には26名が十字架の上で処刑されました(キリストのような磔刑ではなく、槍で心臓を突かれて殉教)。

後にローマカトリック教会で列聖された26聖人(正式に聖者として認定される)ですが、この中には最年少で12歳の聖ルドビコ茨城、14歳(16歳?諸説あり)の聖トマス尾崎なども含まれました。よく見ると体の小さい像が飾られています。

足先が伸びて宙に浮いたようになっていて、キリストの復活が表現されているようです。

教皇ヨハネパウロの巡礼跡。今年、ローマ法王フランシスコが来日予定ですが、きっと長崎にも立ち寄られることでしょう。

踏み絵。遠藤周作の「沈黙」が映画化された時に使用されたもの。

昔、学校で歴史を習った時には、こんな板踏んじゃえばいいのにと思っていましたが、事実はより複雑だったようです。踏み絵を踏んで隠れキリシタンになる人が増えると、今度はキリストやマリア像に向かって唾を吐けなどと指示され、一瞬の躊躇や顔の歪みなどで判断されたと言います。

また、司祭が転ぶまで村中の人が拷問されたり、よくもこんな時代があったもんだと呆れます。信教の自由というものがない時代がいかに理不尽に満ちていたのか、考えさせられました。ブログで好き放題表現できる時代がいかに良い時代かわかります。

マリア観音像。家にガサ入れが入っても、仏壇に観音様がいても疑われないという…泣けますね。

二十六聖人記念館の二階には、聖遺物が納骨してあります。中央石の青い窓から見ることができます。

聖者が処刑の時に来ていた洋服。血痕が付いていたりしてリアル。処刑が執り行われた後は、たくさんの信者らが聖遺物を奪い合って持ち帰ったそうです。

聖ルドビコ茨城。棄教すれば助けてやると言われても微塵も揺るがず、信仰を貫いたといわれます。不謹慎ですが、記念館のギフトショップでもアイドル並みの扱いでした。

個人的には、聖トマス尾崎が母親に書いたといわれる手紙(いろんな訳があります)に泣かされました。こんな年齢の子どもたちが、このような数奇な運命をたどるとは。二月の冬道をほぼ裸足の状態で京都から長崎まで歩くなんて残酷すぎです。

なんだか全然無関係のことなのかもしれませんが、この長崎旅行以来、子どもの虐待死のニュースを聞くとこの聖人列伝と重なって仕方がありません。寒い冬の夜に家から追い出される子ども、お風呂場で頭から水につけられて罵倒される子ども、物理的・身体的に酷い目にあう小さな存在が報道させるたびに、21世紀でAIやロボティクスの時代も16世紀と変わらず弱いものいじめが横行していると感じます。

もはや私のちっぽけな頭では判断できない不条理ですが、にわかに言葉にできない刺激を沢山受けました。日本のキリシタン迫害史には人間の良い部分とどうしようもない部分が凝縮されています。

このあと、観光地として有名な大浦天主堂(「信徒発見」の歴史的な場所)、東洋一大きな礼拝堂を持つ浦上教会を巡りました。浦上の地で起こった大量のキリシタン摘発(俗に言う「浦上四番崩れ」)、各地に流刑となり苦悩の数十年を送って浦上の地に戻ってきた人々がようやく築きあげた日常の真上にまさか原子爆弾が落ちることになるとは。

キリシタン巡礼ツアーから始まって長崎の歴史を辿りながら訪れた浦上天主堂、原爆記念館、如己堂のことはまた別の日に書きたいと思います。


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