
長崎旅行の後、神津島を訪れました。ここは秀吉の朝鮮出兵の時に両親を殺害されて孤児となった女児、ジュリア(後の洗礼名)が没した地とされ、50年ほど前からジュリア祭が開かれています。(2019年の5月は50周年記念際です)。
ジュリアはキリシタンの小西行長の養女として育てられて育ち、その後、家康の時代に入り、今度は育ての親の敵方に見染められます。家康の呼びかけに応じず、信仰を捨てることを拒んだため、この神津島に流刑になったと言われています。

最近の研究では、後に神津島から出て関西に住んでいたと言われるジュリアですが、一応ここでは終焉の地ということになっています。

夜の10時に東京港区の竹芝桟橋からフェリーに乗り、神津島に着いたのは翌朝でした。

波が高くてものすごく揺れましたが、寝ている間に到着。

この写真では海面が穏やかですが、場所によっては白波が立つ高波がぶつかる島で、流刑にふさわしい雰囲気でした。筏では脱出できそうにない島に見えました。
神津島は東京都に属するため、都立中高があり、なんだか不思議な気分でした。

ジュリアの肖像画(イメージ画?)。
自分の両親を殺戮した側の人間に育てられ、時の将軍に目をかけられながらもきらびやかな世界の誘惑には見向きもしなかったジュリア。
こんな過酷な運命に翻弄されたら、自分の境遇を恨み、自暴自棄になってしまいそうです。それでも、どんな風に自分の人生を生きるかは自分次第なのですね。
5月の後半でも寒々とした風が吹いていて、冬場はさぞかし吹きっさらしの厳しい気候なのだろうと想像します。
ジュリア祭は地元の協力なくては開催できないイベントで、神津島の方々も多く参加されます。島を訪れた私たちのために、中高生の和太鼓(荒波を表現した演奏)や、都内から演奏や踊りを披露しにやってきた朝鮮学校の生徒さんのパフォーマンスもありました。
人の想いというものが時代を超えてこれだけの人を集めるのだと思うと感動的でした。