FAMILY / ファミリーのこと

Japan’s “Family Home” annual conference (2018) /ファミリーホーム全国大会(宮城 2018)

I have been wanting to write about my attendance to this big conference in Mitagi Prefecture of Japan for foster care providers and foster children, held in August 2018.

It is 9 months ago. Remembering total 300 people gathered across the country, a half of the crowd was children. The venue for this annual event changes every year, but Muyagi had a special meaning, as this was hit hard by the 2011 Great Earthquake which led to the major orphanage situations.

I took my son and daughter with me. They had special fun activities for kids during adults learn about new research and legislative updates surrounding the fostering care in Japan. As a business person, not a foster parent candidate, social worker nor researcher, I have had keen interest in this field, but never so sure what I could add to.

In this digital age, we almost feel like accessing anything through PC, but nothing is more insightful and powerful than hands-on experience. So, I wanted to touch and feel the social issues of children under social care.

Everyone I met was very nice to share their stories and problems. It was agockibg to see thatmany people were takeing up to 5 children whose biological parents could not raise them. I felt two real children were more than handful for me.

It is obvious that there are less care givers foe children than those who are in need. I had to wish each troubled child finds a healthy family just for her or himself. I also met those who decided to become foster parents for neighboring children whose parents got killed by the earthquake in Miyagi.

It was touching to learn that there were this many people who cared about little ones and willing to give up their comfortable like otherwise they could have enjoyed. I truly admire them, and meeting withed me think of my own way to make a difference.

昨年度中は沢山旅にでたので、今頃その時の様子をブログに書いています。去年の子どもたちの夏休みには宮城県松山市で開かれた「ファミリーホーム全国研究大会」に参加してきました。

いわゆるフォスターケアサービスを行うグループホームとその子どもたちのために年に一度関係者が集まる会なのですが、社会的養育向上に取り組む研究者の基調講演、厚生労働省の「新ビジョン」の更新情報のプレゼン、イギリス発の「フォスタリングチェンジプログラム」の分科会に出たかったので、全くの外部関係者ながら、突発的に参加させていただきました。

仙台からローカル線を乗り継いで松山に到着。このホテル、ほぼ貸し切り?と思うほどの人だかり(後から聞くと大人子ども合わせて参加者300人)でした。快晴の松山湾はうっとりするような美しさでした。時間があったら遊覧船に乗ってみたかった。

早速チェックインして会場へ。

ど素人の私には、学ぶべきことが大変多く、いやほんと来てみて良かったと心から思いました。

ビジネスの世界でガツガツ生きてきた自分のような人間がいつのまにか親になり、次世代のことを考える年齢になったのだなと、少し遅すぎる気づきでした。

自分の子どもを育てるだけでヒーヒー言っている私からすれば、よその子の人生を預かり、しかもファミリーホームとして事業者登録してて5人もの子を預かっている方々は、既に聖人級です。

ただの善意で人様の子を預かるのは良いことばかりではないので、科学的根拠に裏付けられたプログラムを大人が何週間もかけて学び、声がけや子どもにとってプラスとなる動をとりながら日々の子育てをするという試みがあります。

世間一般の親が脱帽するような努力をして、フォスターケアが進められているわけで、私などはただ子どもを産んだということで親業をさせてもらっているような気分になりました。

さて、大人たちが勉強している間、子どもたちは野外活動へ。多くのボランティアの方々が集まっていて、子どもたちをマイクロバスで近隣の縄文時代の博物館に連れて行ってくださいました。帰りには、それぞれ紙やすりで削った勾玉を首からぶら下げていました。

正直いうと、参加するまではフォスターケアに置かれたお子さんたちの中には、情緒が安定しない子や乱暴な子がいるのではないかと、勝手な心配をしていましたが、皆一様に大人しく、騒ぐことなど全くない良い子達でした。子どもがワーワー騒いで、親が鬼婆のように叱り飛ばしている家庭は我が家くらいのものでした。後から考えると、羽目を外して怒られるくらいに甘えられるのは、幸せな環境にいる証拠なのかもしれません。

二日間の松山での全国大会に出た後は、仙台市内に移動しました。駅前の商店街には伊達政宗風のドンキホーテのペンギンが置かれていました。

そこからほど近い牛タン屋さんでしばし本場の牛タンを味わいました。いつもは当たり前の旅グルメも、今回ばかりは自分たちだけ親子でこんな風に楽しめることに少し心が痛いです。

でも、子どもたちにとっても、この度旅は得るものが多かったようです。親が自分の子どもを育てられないことがあることや、そんな子どもたちを引き受けてくれる優しい大人たちがいることを初めて目の当たりにして、いろいろ質問されました。

夕食の時に同席になった子どもたちと仲良くなり、「また遊ぼうね」と約束していた子どもたち。岡山のホームの方達なので、2019年大会(岡山開催)に参加すれば再会できるかもしれません。

そういえば、こんな世界にはこれまで足を踏み入れたことがなかったな、とご当地グルメの笹かまぼこを頬張りながらふと思いました。

家族で旅行に来て美味しいものを食べる、ということも、昨日会った子どもたちにとっては当たり前のことではないのです。今回の大会で、話しかけても大人を信頼してまともに会話ができないほど心にトラウマを持った幼児がいました。まだ5歳ほどのとても可愛らしい男の子で、一体どんな人生を背負っているのだろうと暗い気持ちになりました。

幼児期なんて自分の家の中が全世界のようなものなのに、その世界が壊され、自分を守るはずの存在から突き放されるほど悲しいことはありません。代父母だよ、と言われても、子どもにとってはどこぞの知らないおじさんとおばさんの家に引き取られるなんて、子ども心にどんなにかストレスを引き起こすことかと思います。

人生の最初にそんな過酷な現実を生きる子どもたちに自分が何をしてあげられるのか、まだ具体策は思いつきません。ただ、社会問題は根が深く、子どもの貧困や虐待の裏には親の就労問題や社会格差があります。自分の得意分野はフォスターケアそのものではなく、民間企業をこうした社会問題に振り向かせることだろう、と漠然と思いつきました。

そんなわけで、大変実りの多い宮城への旅でした。

せっかく仙台に来たからには、復興の跡を見てみよう、ということで次回は語り部タクシーでみた仙台の様子を書きます。

FAMILY / ファミリーのこと

Poor fertility arguments by Japanese politicians / 少子化を巡る日本の政治家のズレた意識

On a return flight from London, I grabbed a Time magazine. On the first page, the Deputy Prime Minister, Taro Aso, was cited for his notorious comment about Japan rapidly aging with sharp decline in the birth rate: ‘there are lots of strange people who say the elderly people are to blame, but that’s wrong. The problem is those who do not have children’.

Such reckless comments have been repeatedly made on fertility arguments by Japanese politicians, male and female, young and old. In 2007, Hakuo Yanagisawa, the Minister of Heatlth, Labour and Welfare at the time, called women in child bearing age ‘machines to bear children for the nation. In 2018, a congress woman, Mio Sugjta, claimed ‘tax money should not go into LGBT couples who are not ‘productive’.

What are these people thinking? We really have to cast our votes wisely to drive the stupidity away, because this is utterly embarrassing. As a mother of young children, I feel like keep them away from the bias such as a woman being a machine to have a child and LGBT being unproductive. If we are ‘producing’ crazy people with crazy bias, the whole idea is very unproductive.

この間イギリスからの帰国便でふと手に取ったタイム誌に、日本の少子高齢化問題にからむ麻生大臣が取り上げられていました。「歳をとったやつが悪いみたいなことを言っている変なやつかいっぱいいるが、それは間違い。子どもを生まなかったほうが問題なんだがら」というあの発言です。

10年以上前の柳沢厚労大臣の「女性は産む機械」、昨年の杉田議員の「LGBTは非生産的」といった失言が今も昔も、老若男女問わず、少子化問題を巡って耐えません。国の人口が減ることの解決策を出産可能年齢の女性に押し付けても、矛先をLGBTに向けても何も解決しません。

問題はこんな無味乾燥な価値観の中で子どもを産み育てるということに、二の足を踏む人が多くいるということです(そして、その躊躇はあながち間違っていなかったりする)。日本には軍国主義的な富国強兵策が未だに残っているようで、個人の生きやすさや個性を大切にしたい多様な社会を作ることが必要なのに、真逆で未成熟な議論が目立ちます。

職場の日系カナダ人が、「日本では女性の権利が低すぎて、ここでは子育てできないと思う」といって2年前に娘を連れてイギリスに越してしまいましたが、私にもその気持ちがよく分かるようになりました。日本で女性が子どもを持つということは、まさに「子育てマシーン」になることにサインアップしたことと同義です。そしてその偏見は、女の子が小さい時から刷り込まれ、日常の様々なシーンで女の子が羽ばたく機会をもぎ取っているように感じます。

大臣や議員の失言にも腹立たしさを感じますが、むしろ私が長年悩まされてきたのは、身近な昭和世代の偏見です。親世代、学校の先生、近所の人、通りすがりの人等。子どもを産んでおきながら仕事も続けるのは無責任だとか非道だという批判に始まり、日常的にほぼ全ての子育てにかかる負担は女性である私の双肩にのしかかっています。職場で戦うエネルギーを残して日々を送るのは至難の技で、正直、「子育てって辛い!」と思わない日はありません。

では、なぜそんな風に思ってまで働くのか?

それは仕事は自分の夢であり、生きがいであり、自分自身だからです。子どもができたことを理由にやめるわけにはいきません。そして自分の娘が母親になる頃にはもっと開かれた時代になってほしいと願う、という理由もあります。

アメリカとイギリス、私が知る社会では上は当然のことなんですが、日本では「欲張り」とか「子どもがかわいそう」と言われるのはなぜなのでしょう。

家庭を守る上で欠かせない存在の「お母さん」に皆が寄りかかり、母親が自己を無にして便利な存在でい続ける時代はそろそろ終わらせないといけません。お母さんの他に、お父さんもいるし、おじいちゃんやおばあちゃん、近所の人たちやお友達もいます。お金を払えばシッターさんも雇えます。

女性が子どもを産んで母親になり、自分のやりたいことも追求できる世の中にならないと、少子化はストップしません。女性のことを便利な存在としてしか見れない国は、当然ながら衰退します。そんな国には魅力がないから。

東大→ハーバード→オックスフォードと進学し、今アカデミアの世界でバリバリの知り合いの女性は、かつて色々悩んで独身の道を選んだそうです。ところが海外ではいとも容易く女性が結婚も子育てもキャリアも手に入れているのを目の当たりにして愕然としたと言っていました。こんな優秀な人が沢山子どもを産む世の中になったら、きっと国力も増すことでしょう。

FAMILY / ファミリーのこと

End of ‘Yochien’ life for a working mother / 働くママにとって幼稚園生活の終わり

This is a picture of the last bento (lunch box) I made for my son last month. Nothing fancy, but I am glad I was able to do this for him for the past 3 years.

Yochien, Japanese kindergarten, assumes that mothers are available at home around the clock. The reason I chose Yochien over other pre-school options was that this is an educational and religious environment for children. I was right in these points, but anyone who choose the same should really prepared for it.

先月、下の子どもが幼稚園を卒園しました。最後に作ったお弁当の記念写真。三年間の楽しい幼稚園生活を送ることができて本当に良かったです。

幼稚園では先生方が本当にこまめにいろんな製作を進めてくださり、こんなサプライズもありました。年長三学期のお弁当作りは、心の中ではカウントダウンをしていましたが、こんな風にありがとうを言ってもらえると、ちょっと恥じ入ります。

一学年45名ほどの母集団で、外でフルタイムの仕事をしている人は二、三名。あと、フリーランスのお仕事をされる人も中にはいて、固定のベビーシッターの送り迎えや、近隣のアフタースクールの送迎を利用する人も結構多くて、在園中は我が家もそんな送迎パターンに紛れました。

でもやはり降園後の外遊びや、沢山ある園行事の係、参観など、週に何度か園に顔を出すことで周囲との和が保たれることがあり、その全てをこなすことはとてもできませんでした。息子は物分かりが良い子なのでぐずったりはしませんでしたが、「どうして他の子は遊んでるのに、僕はいつもすぐにお家に帰らないといけないの?」と何度となくストレートに質問されました。

「よそはよそ、うちはうちだから」と突っぱねましたが、もっと時間にゆとりがあれば、公園遊びを一緒にしたり、家にお友達を呼んだりできるのになー、と思ったものです。姉の時はベビーシッターを常時雇っていましたが、諸事情あって契約を打ち切り、この二年間は仕事の時間を調整して、シッターなしで幼稚園生活を乗り切りました。

そんなわけで、在宅勤務の途中に幼稚園のお迎えをしたり、会議と会議の間に幼稚園から息子とタクシーで職場に向かい、オフィスで待たせたことも多々ありました。こんなわがままを許してくれた職場に、まず大きな感謝です。

特にテクノロジーチームのお兄さんたちが子守を引き受けてくれて、仲良しのインド人のお兄さんがお迎えにきて、肩車されてテック部屋に向かい、ドラクエをさせてもらうのが息子の楽しみになりました(家に帰ってから同じアプリが欲しいと言われて困りましたが)。

「僕も大人になったら会社にきてゲームするの」となんだかとっても勘違い発言をしていますが、こうやって大人たちがオフィスで楽しく働いているところを見るのも、今となってはよい社会経験だったような気がします。

「どうしてママの会社には色んな色の人がいるの?」多国籍文化の当たり前の光景も、彼には新鮮だったようです。「だってこれが社会の縮図だから」と、地球には70億人の人がいて、日本語を話すのはせいぜい1億人しかいないことを伝えると、6歳児が目を向いていました。そう、幼稚園という小さな社会で三年間を過ごしたのも、いずれは多様な価値観の海に漕ぎ出すための準備です。

さて、過酷な仕事と同時にはなかなか両立が難しく、私の場合は過去5年の間は仕事をものすごく抑え気味にして、園行事のありそうな日程は事前に予定をブロックしてなんとか耐えました。家族で乗り切った幼稚園生活には悔いはなく、精根尽き果てましたが、もう一度選ぶかと言われたら選ぶと思います。

仕事をしているお母さんの中には、我が家と同じく幼稚園を選択される方もいると思います。我が家は忘れ物や欠席で園にはご迷惑をおかけしたことも沢山ありましたが、幼稚園の先生方は色んなことを正直にお話しできる存在でした。考えてみると、園にいる先生の半分は働くお母さんたちなので、働くママの意見とはシナジーが高いはずです。

例えば、私たちが在園中には難しかった年間スケジュール。暫定的な予定でもこれを一学期の頭にもらえると働くお母さんでも予定を調整できることをお伝えしました。同時に幼稚園にとって財源を確保するための寄付金集めのアイディアや、卒業生として力になりたいということ、その他慈善事業の可能性など、思えば色んな機会に先生方と私の想いを共有させて頂く機会がありました。入園時と同様、とても心の広い地域に開かれた幼稚園だということを確信しました。

子どもたちには、幼稚園で学んだことを心の肥やしにして、立派な小学生になって欲しいです。我が家の幼稚園ライフはこれで終わりです。やり尽くした感100%です。