平和でいることは難しいけれど楽でもある

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社会人になって、管理職について、そして子供を持ってひときわ思うことがあります。

子供の頃からの教育で、輪を尊び、皆から良い人だと思われ、人に好かれることについては様々な教えをもらったけれど、戦い方や護身について学ぶ機会がこれまで余りなかったといことです。

人からよく思われたい、好かれたい、嫌われたくないというのは多くの人が本能的に思うことで、無意味な戦いを避けて平和的に物事を解決していくことは、とても賢い選択です。そして、学校教育や特に女子に対する教育では、平和や人の輪を尊重することが徹底的に教えられます。

でも、世の中に出ると自分の言い分を通さなければならないとき、自分の決断が他の人の利害と相反するとき、理由を問わず悪意を持った相手と対峙しなくてはならないときなど、誰かと敵対しなければならない場面に出くわすことがあります。敵と言っても一見すると味方のように見える人や、脅威の対象にならないようなことが実際には敵や悪意であることも多く、筋肉隆々の武装した相手でなく、むしろ人間のずるさや弱さといったものが、ある日突然、敵対的な牙を剥くということがあるわけです。

大人になって、自分がどういう世界に生きているのかを知るにつけ、社会的な立場を持ち、守るべき子供たちに恵まれた今となってはさらに、改めて「戦うこと」の重要性を感じることが本当に多いです。そして、言わなければいけないことをはっきり主張する、政治的な根回しに奔走しない、脅しに屈しない、不安を煽られても動じない、本当の敵と味方を見分けるといった能力を磨かないといけないな、あまりこうしたことが得意でない自分としては、意識的に「立ち向かう」ということをしないといけないな、と日々感じます。

管理職に対する敵はそれこそ四方八方にいるでしょうし、専門家にとっては一瞬一瞬の判断に訴訟リスクを始めとする潜在的な敵が潜んでいるので、背後から狙い撃ちされないように常に万全の配慮が必要です。

ワーキングマザーに対する見えない敵は、ひょっとしたら耳に優しいことをいってくれたり、一見すると善意の(でも愚かしい)アドバイスをくれる人かもしれませんし、ひょっとしたら自分の中にある「罪悪感」だったり、その罪悪感を煽ろうとする他者の存在があるかもしれません。ネガティブな思考に陥らせようとしたり、無駄な時間をとらせようとするのは悪の常套手段です。

子供の頃の敵は戦隊モノに出てくる分かりやすい敵も、大人の世界ではそう簡単には見抜けません。でも、気をつけていれば見抜くことは可能です。

自分を含め、子供たちにも戦うことの意味を理解し、戦うためのガッツを大切にしたいと思う今日この頃です。

 

 

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