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Preparing for a new chapter of our lives / 新生活の準備へ

One time I described the brutal reality as a -look-a-like single mom in this blog.  Then a real life single mom who got so upset left a nasty comment to claim nothing was as hard as being a single parent.

I have given a lot of thoughts about this accusation, almost two years, and am concluding that, first, pity competition should be done on a case-by-case basis, and second, bad marriage can be as bad as, or worse than, being a single parent. The above angry single mom claimed good aspects being a married couple, such as economic stability and security.  but this is illusionary, because some husbands just take away things, not contributing to the family.

My mother became a single mom when my father was deceased in a car crush, when I was a toddler, almost three years old.  She was deeply in love with my father, so did not remarry for a long time.  But she did eventually remarry to someone who was a complete stranger to me, when I was fifteen.  I wish she picked a better timing, but this has messed a lot in my life plan and I had no choice to change that.  I liked my mom a lot when she was a single parent who was independent and reliable.  Once she became someone’s wife, she seemed to have lost her identity and started to disappoint me.

So, yes, I know it is not easy to be a single parent, and getting out of it can also be very hard.  But screwed up marriage can be pretty devastating too.  I get that my mother went through a lot as a single parent, but she had her own parental assistance, insurance money and government support to raise the young children (us), whereas I feel I am completely on my own plus extra, extra perseverance.  I am going to leverage everything I have built so far to change the course of my life (and our lives including my children).

We are now preparing ourselves for starting new lives in London as the homeground (and sometimes in Paris).  Hopefully, a time apart will enable us a positive uplift down a road.

以前に自分はシングルマザーのように忙しいと書いたところ、非常に手厳しいコメントがついたことがありました。結婚生活によってもたらされる経済的な安定や安全など、当たり前だと思われては困る、といような主張でした。

私の父は私が3歳のときに自動車事故で他界した後、長らく母子家庭で育ったので、シングルマザー家庭を取り巻く厳しさについては人一倍理解しているつもりです。その後、母が知り合いの男性(といっても私達子どもにとっては初対面だったおじさん)と再婚したのは私が15歳のときでした。どうせ再婚するならもう少し前か後にしてほしかったものですが、受験や学校選びなど世の中の親が気にする側面には気遣ってもらうことはできませんでした。

母子家庭の中で母がした苦労は目に見て知っていても、当時は母の実家のサポートや保険金、遺族年金など複数の子育て支援があったなぁ、とも思います。一方で自分にはそんなものは一つもないという厳しい現実を感じます。コメントをされたシングルマザーは、恐らく世間一般の夫が稼ぎ妻が家を守る、というような図式を思い描いているのだと思いますが、そんな甘い結婚ばかりではありません。

妻が稼ぎ、子を育て、夫が好き勝手する家庭もあれば、そんな状況はつゆ知らず、母親が仕事を持つことに対して無神経な言葉をかけられます(シングルマザーにそんなひどい言葉を投げる人はいないと思います)。シングルマザーであれば、自分と子ども二人の小さな家計を守れば良く、家の中に誰も入れなければ、夜中のイビキや騒音、言い合い、子どもの虐待の心配もありませんが、子どもや自分に悪影響を及ぼす第三の存在から家族を守ったり、余分なストレスにも対処が必要です。

我が家の場合、シングルマザーとして苦労したという実績(?)のある母親からこれまで数々の上から目線発言があり、私としては、いつしか実家に近寄らなくなってしまいました。元気な時はスルーして頑張れるのですが、自分に鞭打って心身の限界を感じている時に心をえぐられるような発言をされると、真っ向から生き方を否定されたような気分になります。「遺族年金をもらっていたあなたに、一家四人を支える重みが理解できるの?」、「子育てしながら管理職の仕事を全うする大変さなんて分からないでしょう?」とこちらも反抗的な気分になるのがいつものパターンです。か

ふと疲れた時に「お母さんにはこの辛さわかるでしょ?」と少し甘えた瞬間、グサリとナイフでひとつきされる感じなのです。同性ならではの共感や慰めを求めている時に、自分の親には決して理解出来ない道を自分は歩いているのだということを思い知るのは結構辛いことです。

日本に戻ってきて約15年以上がたち、うち8年は子育ての暮らしでした。自分にとっては大切な仕事をしながらの子育てであり、経済的にも精神的にも誰にも迷惑をかけることなく過ごしてきたのに、なぜ色んなことがこんなにも辛くなってしまったのだろうと思います。

なんだかとても疲れてしまいました。家族のためにフル回転しているのに、なぜこんなにも報われないのだろう・・と。

そんな中、ちょうど一年前のGWに長崎に行き、原爆が落とされた浦上地方やキリスト教伝来の詳しい歴史について知りました。

自分の小さな不幸が吹っ飛んでしまうようなスケールの「まさか」が世界的スケールで起こった土地に足を踏み入れたことで何かが変わったような気がします。

その後、流されるようにして虐待児童を社会的に養護する活動や里親支援制度について学ぶ機会を得ました。今にして思えば、子育てと仕事、家族のことに疲れ果てたワーキングマザーだった自分が、自分よりもずっと恵まれない子どもたち、諸事情で実親と暮らせない幼児・乳幼児と出会ったことに衝撃を受けて、なぜか目を離せなくなってしまいました。

恵まれた環境にいる自分のような人間にとって結婚や子育てがこれだけ辛いものになるということは、一体どれだけの苦しみが世の中に蔓延しているのだろう、ということにふと気付かされました。その疑問を、何ヶ月間かかけてOECDの統計や厚労省や総務省のデータを自分なりにリサーチをしていくと、これまで見えてこなかった世界が目の前に現れてきました。

詳しいことはこれからたくさん書く機会があると思いますが、イギリスでは社会的養育を必要とする子どもを育てるための研究が非常に進んでいて、世界的に巨大な組織を持つNPOがオックスフォードに研究機関を作っていること、民間企業がチャリティ活動に積極参加していて、企業にとっても永続的に社会的奉仕に関わることが価値を生み出していること、日本はこの分野ではまだまだ発展途上であることなどが分かりました。

自分が進むべきはこの道しかないな、と強く思えた瞬間です。無駄にビジネススキルを磨いてきたわけではなく、無駄に子育ての辛さを体験したわけでもなく、こういうことに気づくために必要な経験だったのだとすら思えました。

目線を高くして前進あるのみ!ということで、背中を丸めて身の回りの不幸にばかりとらわれていた自分には決別することにしました。

それが去年の8月辺りで、そこからは空き時間はすべて上の分野の研究に費やし、最終的には大学院留学を心に決めました。夢を夢物語で終わらせるのは惜しかったので、入学試験のスコアメイクと出願エッセイに数ヶ月かけて、晴れて今年の2月に念願の大学院から奨学金付き合格をもらうことができたのでした。

もともと慈善活動からは疎遠だった私が何か偉そうなことを言える立場にはないのですが、慈善家ではないからこそ、ビジネスの内側から社会的活動に積極参加する方法を編み出せるかもしれない、と大胆なことを思っています。

不幸にして実親と暮らせない子どもたちにも養育や教育の機会均等が実現するようなことを考え始めると、家庭や親との小さな問題は吹き飛んでしまいました。

片親であれ、両親であれ、どちらが大変かなんて、どうでもよい話でしたね。

里親の全国大会に参加したとき、里子と実子の子育てを一緒にこなすご夫婦に会いました。親と暮らせないこじれた子どもたちを2歳から15歳まで5人をグループホームとしてうけいれている元児童相談所スタッフの人もいました。周りを見渡すと、職場のアメリカ事務所の同僚は、独身女性ですが二人の子どもをドミニカ共和国から養子縁組してシングルマザーとして、職場ではナショナルディレクターとして活躍しています。

自分という人間がどう生きるか、ということは自分が自由に決めれることに改めて気付かされました。

そんなわけで子どもたちを連れてイギリス留学と仕事に旅立つことになりました(そして大好きなパリでも時間を過ごしたい)。

 

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