Maternity / 妊娠・出産

妊婦は職場で我慢してはいけません

はるか昔、まだ20代前半だったころアメリカの職場での経験です。

大きな会議室の丸テーブルに20人くらい座って大量の資料を精査するという作業をしていたときのこと。

直ぐそばに座っていた女性弁護士さんがいきなり気分が悪くなってその場で吐いてしまったことがありました。

当時彼女は妊娠していて、お腹がまだそんなに大きくなくてつわりのようだったので、妊娠初期だったかと思いますが、一瞬周りの人たちは驚いたものの、直ぐに誰かがペーパーナプキンを持ってきたり、彼女をトイレに連れて行ったりして、数分後には何事もなかったかのような状態になりました。

そして女性も、その後は何事もなかったかのように仕事を続けていました。

その時、周囲の人達は「大丈夫?もう帰ったほうがいいよ」とか、「辛かったら少し横になれば?」などと大げさな提案をする人は全くいなくて、’Are you OK?’ とか、少し後になって ‘How are you feeling?’ などと軽く声をかけるくらいだったので、そのとき一番年下だった私としては、(そんなものなのかな?)と思ったことを思い出します。

それから何十年も経ってから自分自身が仕事を持ちながら妊婦生活を続けていると、あらためて「職場に妊婦がいることの自然さ」というものを意識している自分がいます。

今でこそお腹がせり出してきたので誰の目にも妊婦なのが明らかなのですが、これが分かると、「つわりってどれくらい辛いんですか?大丈夫だったんですか?」という年若い女性社員から質問されることが幾度となくあります。

(そうか、みんないずれはわたしも、と思いながら漠然とした不安を抱えているのね~)と感じながら、「つわりの症状は人それぞれなので代表的な意見は言えないけれど、わたしの場合は仕事中に気分が悪くなって何度かオフィスで吐いたことはあったかな」と正直に答えています。

実は通勤途中にも子供を前に抱っこしたまま草陰にゲーゲーしたことがあるのですが、そんなときにも何故か悲壮感を抱くことがなかくて、むしろ誇らしげでな気持でいられたのは、「そういえばあの女性弁護士さんも吐いてたな~、仕事ができて、美人でママで格好良かったな」と、いつの間にか自分がロールモデルに近づいたような気分になったからかもしれません。

私自身、今のところ会議中に人前で吐くような経験はしていませんが、仮にそうなったとしてもきっと周りは理解してくれると思いますし、「つわりになったら時と場所を選ばずにいきなり気分が悪くなって吐いてしまう」ということが職場の常識として当たりの前レベルとして理解が深まってくれたらいいな、と思える今日この頃です。

職場で一人、悲壮感を抱えてつわりのつらさをこらえるのは精神的に辛いですが、(もし吐いちゃったらゴメン!)くらい開き直れば意外と楽になれるかもしれません。

だから、例えば社員集会みたいな場所で社長にゲロをかけてしまうくらいのパフォーマンスができたら、社会進出中の妊婦として良い仕事ができたといえるのかもしれません。

辛さは隠さないといけない、人に迷惑をかけちゃいけない、と思い過ぎると

自分の居場所がどんどんなくなってしまいますからね。

Maternity / 妊娠・出産

新しい通勤スタイル

早いもので妊婦生活6ヶ月目に入りました。

そろそろ子供を前に抱っこして通勤電車に乗るのが苦しくなってきたのと大分気温が上がってきたのでバギーのフットマフを取り外した軽装備で数日前からバギー通勤を始めました(保育園が職場のそばです)。

問題は最寄り駅の地下鉄にエレベータがないこと!

ひとつ隣の駅までバスで行けばエレベータを使えるのですが、行き先と反対方向に大回りするというのは時間のムダに思えて仕方なく(というか一度試してみたところ疲労感たっぷりでもう懲りごり)、最寄り駅の階段を強行突破してみることにしました。

そうはいっても子供をバギーに乗せたまま階段を降りるわけにはいかないので、階段のところだけ抱っこひもに子供を入れてバギーを引っ張りながら下る(ふりをする)わけですが、さすがにお腹の突き出た妊婦が子供を抱っこしながらバギーを引いているとどこからともなくジェントルマンや駅員さんが現れて助けてくれるのですね合格

地上階から改札階までに30段ほどの階段とさらにホームまでに20段ほどがあるのですが、有り難いことにほぼ助けて頂けています。

普段はこんなに他力本願になることがないだけに人の優しさが身にしみます。

保育園の一歳半~二歳の子供を見ているとほぼ階段の登り下りができるようなので、幸いにもこの不便さは産休に入るまでの4ヶ月間ほどの辛抱かなと思います。

それにしても地下鉄日比谷線沿線の古い駅にはエレベータのない駅が多いです。

地下鉄間の移動なども、エレベータのある出口を経由して動こうと思うと不便ばかりか、人の手を借りずには移動が不可能だったりして、改めて車椅子の方の不自由さを実感します。

なかなか、こんな経験をしないと普段の目線を変えることさえできなかったりするものですね。

Maternity / 妊娠・出産

不安で宙ぶらりんな気持ち・・・

先日、二人目の子供の妊娠を会社に報告したときのドキドキ・エピソードをお伝えしたばかりですが、実は今回は妊娠が確定するまでにちょっとしたドキドキがありました。

長女の時は7週目0日に病院に初めてかかり、そのままスムーズに母子手帳をもらえたのですが、今回は6週目5日という似たような時期に診察してもらったところ、子宮の中にベビーの袋は見えるものの心拍を確認することができませんでした。

(あっ、じゃあ、母子手帳は次回もらえるのね)と軽く考えたわたしに、「このまま心拍が確認できないと流産という可能性もあります」とドクター。

考えてみればそんな可能性はいくらでもあったのに脳天気に順調な妊娠だけを信じていた私にとって、その言葉はかなりショッキングに響きました。

最初の子を妊娠したとき、それが当たり前のように続くことを疑わず、子供が生まれてからのあれこれを想像したり、準備したりしながら幸せいっぱいだった自分の妊婦生活がいかに呑気で幸せなものだったのか・・・

とあらためて思い知らされた瞬間でした。

それから10日間ほど・・・つわりの症状はあるのに、お腹の子供がどんな状態なのか全く分からず、なんとも不安で宙ぶらりんな気持ち。

おなかの赤ちゃんが無事に育っているかどうか常に不安がつきまといいつ天国から地獄に突き落とされるんじゃないだろうかという怖さから

心からマタニティーの幸せに満たされることができない、そんな不安定な心の状態を初めて実体験しました。

これは話に聞くのと自分で体験するのに大きな違いがあってほんの少し前まではその存在さえなかったのだから今回は仕方がない・・・とはなかなか思えないものです。

そして既に子供が何人いたとしても、それはそれ、これはこれ、という感じなのです。

自分の分身である子供とつながっているようでつながっていないかもしれない・・・こんな不安とたかだか数日間向き合っただけで、本当に心底疲れてしまった私なんて・・・まだまだ甘いなぁと思いました。

私の周りにたくさんいらっしゃる不妊治療に取り組まれている方々や流産という結果を受け止めて強く次のステップに踏み出された方など本当に強くて偉くて、尊敬します。

別の表現をしてみると、優先座席で席を譲ってもらえない、どーの、とのたまっている妊婦たちよ、黙れ!という感じですかね。

本当に心が痛んでいたり、辛い状態にある時というのは、それが世の中に認知された状態ではないことが多くて、ドカドカと優先座席に座る権利さえ主張できないものです。

人知れず悲しみを抱えた人というのは、誰にも気付かれずつり革につかまって気丈に立っていたりするのでしょう。

あのハッピーオーラに包まれた産院の待合室で、誰もがハッピーな状態なのではないのだということに気をつけたいものです。

さて、二回目の健診でモニターの中に無事に心拍を確認できた時、初めて安堵感を得ることができたわけなのですが、これまで当たり前のように子供ができて、当たり前のように仕事に復帰して、「忙しい、忙しい」と、ときに手抜きなどしながら育児をして、再び当たり前のように妊娠した私に向かって神様が「当たり前じゃないんだよ」と言ってくれたように思えました。

以前は「つわりでゲーゲー、苦し~」とか思えませんでしたが、今回ばかりは「ありがたや~」と思えるようになりましたよ(笑)。