子どもの学校の古本セールがあり、以前に評判になっていた「エッセンシャル思考」が出ていたので手に取ってみました。原題では“The Disciplined Pursuit of Less” (直訳すると、より少なくいることへの規律的追求)。なるほどコアなものだけを取り出すために不要なものを削ぎ落とす技術を「エッセンシャル」で表現したわけですね。名訳です。

本を開けてみると、言わずと知れたマーケティングの大家ダニエル・ピンクやLinkedIn 創業者のレイド・ホフマンらが推薦しています。

最近は時間がないので、日本で出版された本はYouTubeのブックレビューを倍速視聴して中身だけ抑えることが多いのですが、読んだ気になっている本も…本当に読むと目から鱗の新事実がたくさん書かれています。そりゃそうですよね。読むのとサマリを聞くのは投下する時間も全然違うし、読書の良さは読み進めながら自分でも考えをまとめることができるので、良い本には時間をかけるべきと改めて感じました。

やることだらけで焦点がぼやけていると全てが中途半端になってしまうというリスクに警鐘を鳴らし、より大切なことに全力で集中するためのマインドについて書かれたこの本は、今の自分にとってはとても役に立ちました。フルタイムの仕事、起業、子育ての三足の草鞋を履くことで、睡眠時間を削って回転することが多々あり、生産性やクリエイティビティが犠牲になっていると感じることがよくあるからです。

確かにこの本に書かれていることは納得感が満載で、物事の考え方をリセットしてシンプルにしてくれる良書です。なのですが、推薦書を書いている人は皆男性、YouTubeのブックレビューで大絶賛している人も私が知る限り男性。生産性を高めて結果を出す上で敵となるものを本当に削ぎ落とせれば人生楽になるのは分かるのですが、子育ての諸々を引き受けている母親にはどうしても割り切れないモヤモヤが残ります。

私の今の最大の悩みは、家族のことや子育てにまつわる経済的、物理的、精神的な諸々の負荷(大切だけれど母親でなくてもできるようなこと)を限りなく一人で背負いながら、さらに結果を出すのが途方もなく大変だということなんですよね。背中に2人の子どもを背負って走るとそうじゃない人の何倍も疲労します。それをエッセンシャル思考で切り抜けられるかというと、全然足りない…。

仮に、子どもの勉強を見ることが私に取っては「エッセンシャルではない」として、せめて塾に通わせることで親の役目を果たそうとするとします。自分ではそう考えていても、塾側の想定は違っていて、通うからには自宅で宿題を全て見るようにとか、模擬試験の間違い直しは全て家でやるように、と言われたりします。仕方なく家でフォローしようにも、子どもに何度行ってもやらず、結局1日に数時間横についてタイムロスと闘いながら子どもの勉強を見る羽目になります。

この場合、エッセンシャル思考的には勉強ごと無くしてしまえ、ということになります。これで私の仕事の生産性は上がり、子どもの人生がどうなろうと本人の問題として片付きます。でも、親としては責任放棄だし(高校生ならいざ知らず小学生低学年は自主的に勉強なんてしない)、仕事を辞めて子育てに専念するには経済基盤を失うことになり、本末転倒です。エッセンシャルで割り切れないのが子育て、ワーキングマザーの生活かなと思わざるをえないんですよね。

「人生、あれもこれもは無理です。要点を絞らないといけない」、という考え自体には同意するもの、現実の生活の中ではなんで難しいんだろうとふとため息が…。何かを選ぶということは何かを諦めるということ、ということなんですが、これって自分のやりたいことは全てやってから手空き時間を子育てに充てる(そしてイクメンと称賛してもらえる)とても男性的な発想っぽくないですか?

世の中のモヤモヤの原因はもっと複雑だし、もり現実的な解は、エッセンシャル・バランス思考なんじゃないかと思案します。要するに、エッセンスにフォーカスしつつも、「今しかできない」という時期を選ぶもの(3度の食事、子どもの学校行事、ライフステージ、仕事のやめ時、始めどき、起業、独立)をストップさせずになんとか回していくことが何よりも大切で、その過程にはどうしてもいくつものノイズが入り込むのは仕方のないことです。

人生を全てエッセンシャルにすると、子育てなんてできないように思うのは私だけかしら?生産性を落とす要素を人生から削ぎ起こそうとした瞬間、子どもは邪魔者になり、まずつまみ出さなくてはならない存在になってしまいます。私だって、今すぐ仕事を辞めて起業だけに集中できたら…と、時々泣きが入りますが、子どもたちを食べさせていくことは放棄できないし、そのためには最低限の収入の維持が必要です。

8時間寝るのが望ましい、睡眠は生産性の維持に大切…はい、理屈はよく分かります。でも仕事をこなし、家族に食事を食べさせ、家の中を掃除して、生活面をスムーズに回すには、自分に残された時間とエネルギーがいかに少ないことか…。

ちなみに、ドバイにいる知り合いたちは、「税金もないし、生活面の全ての負荷は使用人に任せられるからサイコー。楽すぎてもう母国には戻れない。こっちに来て暮らしたら?」と言っています…。案外、これが現実的な解決方法なのかもしれませんね。