Richmond Park

イギリスに来て驚いたことの一つには、遊具もベンチもなく、ただ広大な平地が続く”Park” のコンセプトであり、その公園をただ闊歩するというイギリス人の散歩スタイルがあります。「散歩する?」と言われて「行く、行く!」とついていこうものなら、30分〜1時間かけて公園を一周する、というようなことが何度もあり、その先に展望台があるでもなく、カフェがあるでもなく、本当に歩くだけの、まさにTake a walk なのです。

最初は衝撃的だったイギリスの公園とその使い方ですが、見渡す限り地平線が続く広大な平地を闊歩できるとはなんて贅沢なことなんだろう、と気がつきました。ロンドンのハイドパーク、ウエストロンドンにあるリッチモンドパークなど都心にも広大な敷地面積を持つ公園がドーンと鎮座しています。

ちなみにハイドパークは日比谷公園の10倍の広さで、リッチモンドパークはイギリス王室が鹿狩りに使用していた森の後で、今でも野生の鹿や牛がたくさん生息しています(ただし現在はハンティング禁止)。国際都市の中でも、ニューヨーク、パリ、ベルリンは突出して公園の敷地が広いそうです。公園が広いから栄えたのかどうかは分かりませんが。

「そうか、これは文化なんだ」と気がつきました。その後、何人もの日本から同じような話を聞きました。「イギリス人は雨でも散歩する。なぜなら晴れを待っているといつになるか分からないから」とも言われ、曇り空な小雨の多いイギリスならではの話です。

先に、人生の戦略図について書きましたが、広大な自然を目にして人生についてあれこれ考えられる方はとてもラッキーです。私は最初、都心にある自宅のキッチンテーブルの上でこれをやろうとしてなかなかうまくいきませんでした。家の前には公園がありましたが、所狭しと遊具の置かれた子ども用の遊び場で、ゆったりとした「哲学の道」なんてのは近くにありませんでした。

狭苦しい都心暮らしとの気は、地方都市にたくさん旅する機会をつくりました。旅をして非日常な世界に身を置くことは、例え行き先がど田舎だったとしても、刺激に溢れた経験となります。これまで環境に縛られて、考えることをサボっている脳に刺激を与えることで、ひらめきやインスピレーションを得ることができます。

イギリスに来てからはせっせと散歩に勤しんでいます。そういえば、日本人の方が書いた「イギリスではなぜ散歩が楽しいか」という本がありました。イギリスに長く住まわれる方で、イギリス人の気質などがとてもうまく書かれています。