みなさま、長らくご無沙汰しておりました。

Happy Mommy Diaryとしてブログを開始して以来、最長の休みをとっていました。この間、色んなことを経験し、考え、海外移住と起業という人生の方向転換をするに至った経緯についてお話ししたいと思います。

まず、これまでこのブログで綴ってきたワーキングマザーの日常というのは、子どもたちが生まれてから小学校に上がるくらいまでの非常に濃密な家族の記録が中心でした。当時は、子どもたちがこのまま成人するまで自分はひたすら母親としての役割を務め上げ、このまま定年まで時間を重ねるのだ。。と疑うことなく過ごしていたのですが…。

人生には「まさか」という坂がある、というのは笑えないジョーク、というか本当です。長い人生、誰の人生にも順風満帆でない時期というものは必ず訪れるようです。

私の場合、それまで多忙な仕事をこなしながら、子どもたちが保育園、幼稚園、そして小学校での生活にシフトしていく中で、まずは少しづつ足下が崩れていきました。これにはプライベートな事情もあって詳しくは書けないのですが、その中には自宅の売却や自分の健康状態の悪化も含まれていて、なかなかきつい修羅場を潜り抜けることになりました。

誤解のないように書いておくと、家族の中で何か決定的な別離があったわけではなく、夫婦や親子の関係性が変わったと言うことでもありません。一連のことは外部的な要因が大きく、家族として今後とも力を合わせて乗り越えていくべきことが出てきてしまいました。数年間は自分一人がなんとかしなきゃと無理を重ねていたのですが、あるときとうとう体を壊して入院することになりました。

思いがけず突然立ち止まることなんて全くの想定外。実はこの入院をきっかけに様々なことを考えることになったのです。フルスピードから突然の急ブレーキ…それまで自分のことを奮い立たせてきた多くのことが色褪せて見え、「何のためにこんなに頑張ってるんだっけ?」と退院後もずっと自問を繰り返す日々でした。このHappy Mommyというブログの名前に全く相応しくない「Unhappyな自分」に向き合い、もはや自分を騙せなくなってしまった状況です。子どもの養育や経済的な責任という重圧が両肩にのしかかるものの、全てを投げ出すわけにもいかず、押しつぶされそうなる自分がいました。

悶々とする中で、ついイライラしたり周囲の不理解にうんざりすることが多かったその頃、ストレートに心に入ってきたのが、劣悪な労働環境に置かれているひとり親家庭の実態、虐待されて心や体が傷ついた子どもたち、DV被害者、行き場を失った人たち、生きづらさを感じる人たちの姿でした。最初は自分もそう遠くないところにいるんだな…くらいに思ていたのですが、さらに経済的に困窮していて真夏にクーラーをつけられなかったり、夕食を外食に切り替えたりできなかったとしたら…など生活のあらゆる面でシンクロするようになり、もう他人事ではないと思えるレベルに・・・。

一体、自分よりも不利な状況に置かれた人たちはどうやって人生を乗り切っているの?素朴な疑問がもたげて色々リサーチしてみると、貧困問題、特にシングルマザー家庭の実態がとんでもない状態であることが改めて分かりました。実際にNPOに足を運んで、その実態を目の当たりにもしました。知り合いのまた知り合いを辿って、児童養護施設相談所の職員や元所長さん、社会的養護の研究者にあうほか、全国里親大会や日本虐待防止学会などに参加して自分なりに見識を深めていきました。

そろそろ次のステージに行くべき時が来たなと本気で思ったのがちょうど3年前。当時、息子の小学校準備をするタイミングだったので、その傍で私自身も大学院を受験してみることにしました。当時、チームを集めればビジネス x テクノロジー x イノベーションの力で改善できることは沢山あるんじゃないか?という思いがどうしても頭と心から離れなくなっていて、大学院というステップを踏んで、これまでとは別のことにピボットすることにしたのでした。

かつて心が弱くなり、全てのことがうまくいかなくなったような気持ちになっていた時、私の話に耳を傾けてくださったのは、子どもたちが通っていた幼稚園の園長先生であり、教会の神父様でした。2018年から2019年半ばにかけて、子どもたちを連れて長崎や神津島を訪れた期間(ブログの記事にも残っています)は、キリシタンの巡礼地を訪れて、ひたすら自分の心と向き合っていた時間になります。

2021年8月からはそれまで日本の小学校で学んでいた子どもたち二人を連れて、渡英しました。自分だけで単身アメリカに留学した20代前半とは違い、家族を抱えての海外移住には金銭的な不安もあり、武者震いというのはこういうことかと実感しました。日本を出る前には、田舎に小さな別荘を購入して、家財道具や思い出の品などを全てそこに収めてきました。全てを失って意気消沈して帰国した時でも、最低限の住まいを確保しておけば、思い切って海外で戦えると考えた次第です。

渡英するにあたり、職場からは(社会起業という目的に配慮して)ビジネスが軌道に乗るまではこれまでの仕事を続けて良いと勤務地を切り替えることにも同意してもらえて生活の安定が確保できました。そして移住先には、すでに自分の先をいく起業家のネットワークという支援の輪があり、さらに次々と新しい出会いもあったりして、自分が信じる道を突き進んでいれば、応援や賛同してくださる方と出会えるのだな、と改めて感じ入っているところです。

と、上がブランクだったこの3年間のハイライトとなります。過去記事とは趣向の異なる内容になること必須なので、新しいブログを開設するか、あるいは発信自体をやめてしまおうかとも考えたのですが、これまでコメントや励ましを下さった数々の方々とも繋がっていたいし、ワーキングマザーというのも自分のアイデンティティの一つなので、ここに戻ってくることにしました。

長文を読んでいただき、どうもありがとうございました。今後ともHMDをどうぞよろしくお願いいたします。