Wedding party in spring / 桜の季節の披露宴


職場の仲間が結婚することになり、週末に披露宴に出向きました。

年初に結婚の報告を頂き、主賓のスピーチをしてほしいと言われてから、ここ数ヶ月の間、「あー、やらなくては」と頭の片隅にずーーーっとありながら、余りの忙しさに、当日までスピーチ原稿が白紙だったという有様でした。

幸いにも午後の挙式だったので、朝に髪をセットしてもらっている間に、iPhoneにアイデアを打ち込み、移動中に伝えたいメッセージのようなものを煮詰めて間に合ったのでしたが、今回は本当に悩みました。

娘の入学式に髪を着物向けにアップしてくれた美容師さんのところに2日後に訪れて、今度は結婚式用に派手めの夜会巻きにして欲しいとお願いすると、「週に二度も大変ですねー」という話になり、「いや、だからまたスピーチ原稿ができてなくて(汗)」というと、驚かれてしまいました。自分だったら絶対に無理ですとかいうので、いや、私だってこんな事態は初めてで…、という心境。

これまで何人かの部下の人たちのスピーチを承ってきましたが、本人のことをあまりよく知らないというケースは今回が初めてだったのです。しかも、周りに聞いても何か話のネタとしてピンとくるものが全くなくて…。

とても困ったので、ひと月ほど前に本人と直属の上司数名をランチに連れ出し、根掘り葉掘り聞いたのですが…、何というかツッコミどころのないものばかりで、さてさて困りました。お父さんはサラリーマンで、お母さんは専業主婦。お父さんは寡黙で、お母さんはおしゃべり。「何かないの?何かないの?」と聞いても、緊張しているのか話が続かないという有様でした。

「一生に一度の(はずの)結婚式でしょ?何か話してほしいことをドラフトしてよ」と本人に伝えたのですが、もうなんでもいいから話してくれれば満足です、とかいうので、とにかく本人を褒めちぎる作戦にしました。うちの会社では、人事評価に応じてクビにもするし、降格もありなので、軽はずみな保障はできないしなぁ、とまた悩み…。

さらに、これから新生活を迎えられるお二人はラブラブで、喧嘩もなければ意見の相違さえないそうなのです。こんなお二人に、今の私から何か偉そうなアドバイスをできる気もさらさらおこりません。

色々考えた挙句に、ありきたりなことをいうよりは、家庭、子育て、仕事に追われる日常を抱えた女性上司として、自分を支えてくれる「ものの見方」について少しお話してみることにしました。ひょっとしたら、役に立つこともあるかもしれないと考えて。

『夫婦というものは、もし相手を理解することができなくても、協力することはできる(らしいのです)』

という、私自身が結婚前に確かどこかで読んで、当時ははピンとこなかったものの何故か心に残っていて、今はめちゃめちゃピンとくる言葉をお二人に贈りました。

相手に期待しすぎてはいけないけれど、だからと言って諦めることはせず、協力体制を築く方法をゆるーく模索するという、なんといったらいいか、長期的な考え方がベースにあります。

そして、この考え方は、職場での仲間作りにもそのまま当てはまり、独りよがりでは動かせない人や状況について、悲観するのでもなく、かと言って楽観視するのでもなく、今いる場所でどうやったらベストなのかという視点に立ち還らせてくれます。

生まれも育ちも異なる二人の大人が一緒に行動して、一から十まで全ての意見が合致することはまずありません。その時に、全てを理解して意見を合わせようとするととても大変ですが、違いは違いだと受け止めて、時に方法論で意見が食い違ったとしても、焦らず、少し目線を上げて共通の目標にフォーカスすることで、意外な解決策が見つかったり、意見の不一致が大した問題ではないことが分かったりします。

と、そんなことを言いながら、いうは易しで行うは難しなのよねー、と思う自分がおりました。もちろん披露宴の席ではそんなことには触れませんでしたが、なぜなら人間には体力の限界があり、感情というものが付いて回るからです。

自分を殺して1日3時間睡眠で踏ん張って幼子に授乳をしている時に、「今から人気店の汁なし担々麺を食べまーす」とパートナーがフェイスブックで湯気の沸き立つ担々麺の写真をアップしてきたら、その無神経さに殺意を覚えるものです。怒涛の子育てに埋もれた一日中をなんとか終えて、子どもを寝かしつけてホッとしている時に、一日中自分のことだけしてきた夫が帰ってきて、自分にも注目してくれと言わんばかりに自分のことばかりベラベラ喋りだすと深い幻滅を覚えます。

人に期待してはいけない。労りや優しい言葉をかけてもらおうなんて甘い考えを捨てなくてはいけない。こうではない、或いはかくあるべし、こうすべき、と頭では分かっていても、人間誰しも疲れて感情的になってしまうのです。時には全てをぶち壊したくなる衝動を抑えなくてはなりません。

しかも、子育てという負荷や、それ以外にも、就職や失業、病気や介護など人生には様々な山谷があり、突然限界に追い込まれることもあるわけです。我が家は今は子育ての山ですが、これでもかという追い討ちをかけられたり、天国のような幸せを感じたかと思うと、奈落の底へ突き落とされるような気がすることもあります。

兎にも角にも、家族の営みは、癒しや保護という側面もありながら、究極の修行であり、心の鍛錬の場でもあります。お気楽に生きるもよし、ハードに生きるもよしですが、与えられた場所で自分なりにできるだけ良い方向に物事を運ぶということが大事なのかな、と思います。最近の自分の心情的に(あれこれしんどいことが多すぎて)、結婚式という晴れの場に出向く気分ではなかったのですが、まぁ、無事に役目を果たせてホッとしました。

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