Saying good-bye to prep school / 幼稚園の卒業式、そして謝恩会

It was 3 years ago when my daughter was admitted to this Japanese kindergarten, yochien.  Yochien is tough on mothers for short daycare hours and frequently mandated parents’ participation in school events.  I did survive the 3 years!!!

(卒業記念の品。園歌の流れるオルゴールと聖母子像)

この春、上の子が幼稚園を卒業しました。三年前の春にドキドキして入園したことが昨日のようですが、当時の映像を見るとまだまだヨチヨチした感じで、三年間という毎日の積み重ねの中でいつの間にか大きく成長したんだなぁ、と感じています。

卒業式は併設の教会で行われ、代表の父兄の方が祝辞を述べられました。話の内容から父兄の方々も卒園生。この園に入って気がついたことの一つにおじいちゃんの代から卒園生、という人たちの多いこと。代々の流れでこの園を出て同じ私立小へ…という流れにいる人たちがとても多いことでした。

こういう世襲っぽいことには魅力を覚えず、実力主義を貫いてきた我が家からすれば珍しいものを見たような気になることも少なくはなく、良い意味での伝統や古い価値観、教育熱心さという側面もあれば、悪い意味で世襲制(縁故制)、お受験熱という側面を冷静に見れて、とても勉強にもなりました。

とは言いながらも三年間を終えてみて、やはりありがたかったのは、この専業主婦率の高い園ならではの子どもへの手のかけ具合でした。これは圧倒的に良い意味の方が大きかったと感じますが、まだ年齢の小さな子どもの保育を園にお願いする上で、任せっぱなしにするのでなく、保護者の目が隅々にまで光っていて、子どもらの成長を見守れたというのはとても大きいことでした。

一言でいうならば、幼稚園の行事の一つ一つが親から子へのかけがえのない「時間のプレゼント」。お誕生日の手作り感。招待状や子どもたちの笑顔の写真。毎日のお弁当。行事への出席や係の担当分けなど、親子で作り上げた三年間だったなぁと思います。

私自身は仕事を持っていたので係の負担などはかなり軽くしてもらいましたが、人によっては幹事さんをしたり、遠足に同伴したり、区のPTA連合とのやりとりを任されたり、まさに時間そのものを提供するということをされたわけで、かなり一方的にお世話になってしまうシステムだったなぁ、と感じます。

そんな「子思い文化」のエッセンスが凝縮されたのが、卒業を控えた子どもたちには内緒でお母さんたちが何ヶ月間も内緒で準備を進める「お別れ会」でした。これまでの幼稚園生活のハイライト(学芸会の踊りや歌、体操のクラスや運動会の競技などを模したもの)を母親たちが演じ、先生と子どもに診てもらい、思い出と感謝の詰まった会にする謝恩会です。

これほんと、仕事を持つ人にとっては過酷な伝統行事なのですが、週に一回集まり、子どもたちにサプライズの出し物を提供する準備を行いました。開業医ママはクリニックをお休みにし、私のような勤め人は幾度となく有給休暇を取りつつ、三回に一度は休んだりしながらなんとか対応したのでした。

でも、努力した甲斐あって、当日はとても感動的でした。まず、最初に目にして驚いたのは、ランチョンマットに子どもたち45人ほどの赤ちゃんの頃の写真が印刷されており、手作りのプログラムには何組ものお母さんグループがアイデアを出し合って作った出し物の数々が準備されていたことでした。写真係と感じさんたちの粋な計らいです。

そしてプログラムがスタート。結婚前にスチュワーデスをしていたお母さんたちが、制服をスカーフに作り変えて、髪をアップにして颯爽と飛行機と共に現れ、驚く子どもたちに向けてアナウンスが始まりました。「みなさま、ご卒業おめでとうございます。これより当機は世界旅行に旅立ちます」。プロのアナウンスは本当に上手で、バックグラウンドにはJALの機内で流れる音源が使われていました。

幕が開き、まずは天使の格好をしたお母さんたちのハンドベル。在園中に何度も聞いた讃美歌と校歌。子どもたちが演奏したチキチキバンバン。それが終わると、学芸会で子どもたちが踊ったフラメンコにハワイアンフラ。その後飛行機は日本へ上陸して和太鼓の演奏へ。

一旦幕が閉じて、次に舞台に出てきたのは、いつもピリリと怖い体操の先生のお面をつけたお母さん。そこへ何人かの男の子のお母さんたちが体操服で登場して、体操のクラスが始まり、お母さんたちをしごき始めます。すると、いつもふざける子どものママがおふざけをして、先生にお尻ペンペンされて大爆笑。運動会で行ったレインボーブリッジなどの組体操が繰り広げられます。

次に女の子のお母さんたちが出て、組体操の扇型、そして運動会でやったフラワーダンスとプレイバルーンをやってみせ、山のようにたくさんの風船を客席に向けて飛ばし始めると子どもたちのテンションはマックスに!

実はその間に、忍者の姿に着替えた男の子のママたちがバルーンの下に忍び込み、合言葉を言い合うとバルーンの中から忍者が飛び出すという演出までありました。さらに、忍者のダンスを踊っている間に、女の子ママたちも忍者の衣装に身をまとい、園長先生、副園長先生、その他の先生たち15名のお面をつけて登場。ひとしきりダンスで盛り上げたあと、にわかに巻物を手にして、「せんせい、ありがとう、ございました」と、一人一文字づつ巻物に書かれた文字を並べてのフィナーレをしたのでした。

これだけの大盛り上がりを演出するのに費やした数ヶ月が割に合うものだったかどうかは分かりませんが、子どもたちが大爆笑する笑顔を見れたこと、そして最後の最後にこれまであまり交流のなかった方とものすごく仲良くなれたこと、もうそれだけで報われた気がしました。

昨年暮れの受験の終了と共に、幼稚園生活も終わったような気がしていましたが、年長の三学期がこれまでで最もハードかつ楽しかったなぁ。。これだけの時間とエネルギーを我が子にかけれたことを嬉しく思うと同時に、どう考えても片手間のサポートしかできなかった私のような人も輪の中に入れてくれた、暖かい専業ママさんたちの踏ん張りと子どもへの愛情がなせる技だったと感じます。

あと2年後に息子の卒園時にもう一度これがくるのかと思うと「もう2度とできないよー」と思ってしまいますが(当分は考えないようにします)、それくらい出し切った感があります。最後の最後にこれだけのコミットメントができて、なんだか胸を張って卒園生の列に加われた気がします。

幼稚園というのは不思議なところで、さらりとシッターさんを送りこんでも通えたりしますが、親がグイグイと食い込んでいけばいくほどに思い出深い経験ができるのですね。次に通うことになる小学校では、親の関与はほどほどになるので、どれだけ大変でも幼稚園の三年間にできるだけ関与して、色んな想いを得てみようと思います。

そんなわけで、入園当初は週に一度しか行かなかったお迎えも(当時はシッターさんにお願いしていました)、今ではお昼休みを利用して私自身が週に4日通っています。送り迎えも園の大切な一部で、その日あったことを先生から直接聞いたり、やれクレヨンの補充だったり、上履きのサイズだったり、そんな些細なことの連続が幼稚園の生活なのだと気がついたからです(もちろん、加えて世の中の働き方改革、IT技術の躍進で在宅ワークが進んだという背景もあります)。

残り二年間、頑張ろうと思えた長女の卒園式でした。

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Saying good-bye to prep school / 幼稚園の卒業式、そして謝恩会」への2件のフィードバック

  1. お受験お疲れ様でした

    働きながら、子育てする姿に、勇気を頂きました。第一志望は残念だったのですが、娘が試験で、笑顔になった学校にご縁を頂きました

    これからもブログを楽しみにしています

    • お返事が大変遅くなり、すみません。いつもありがとうございます。
      学校選びはご縁が大きいと感じます。
      お嬢様のお幸せをお祈りしています!

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