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Thanksgiving dinner at the Oak Door

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先の11月の第四木曜日はサンクスギビング(収穫祭)でした。例年は最寄りの外国人御用達のスーパーで七面鳥(頭と四肢を落として内蔵を繰り抜いて冷凍したもの・・・と書くとホラーですが)を買ってきて、ラザニアやパンプキンパイを焼いて見よう見まねのホームディッシュを作ってきましたが、今年は外食に切り替えてみました。

都内のいくつかのレストランではThanksgiving Dinner というスペシャルメニューを用意しているところがあり、我が家は六本木ヒルズのグランドハイアット東京(6F)にある The Oak Door  に行ってきました。他にはミッドタウンの Union Square Tokyo や 八重洲のFour Seasons に入っているEkki Bar & Grill でも同様のサービスがあるようでした。

ホテル系のレストランが多いのは、この時期に出張で東京に来ている宿泊者が七面鳥にありつけるように考えられたせいか、案の定、平日にも関わらず店内は外国人ビジネスマン風の人たちがバーエリアでシャンパンを片手にひしめいていました。本国にいれば家族と集うイベントなだけに、誰かと一緒に食事をしたくなる日なのです。

さて、この日のお料理はサンクスギビングの家庭料理をフルカバーしたような内容で、飾り気のないアメリカ料理にところどころフレンチのようなあしらいがあって素敵でした。

例えばサラダには洋なしのスライスがグリルされて乗せられていて、暗い店内ではよく見えずズッキーニかなと思って食べてみると甘くて美味しかったり、甘いパンプキンスープの底には酸味のあるイチジクソースが隠されていたり、驚きがありました。

そして、なにより驚いたのは七面鳥がとてもジューシーで身がプリプリしていたこと。加えて、クランベリーソースの食感と味でした。家庭料理の七面鳥はどちらかというとパサパサした印象だったのが、むしろふんわり柔らかで、冷凍ターキーでは出せない味わいなのかもしれません。それにクランベリーソースの美味しかったこと!本物のクランベリーを砂糖水で長時間煮詰めるとこうなるんだ~と、いつもは缶で手っ取り早く済ませていた私としてはとても新鮮な驚きでした。

この日は普段からお世話になっているベビーシッターさんと一緒に子供もキッズメニューを頂いて食卓を囲みました。子供のメニューはメインディッシュがハンバーガー、ソーセージ、魚料理、フライドフィッシュの四点から選べて、ドリンクとデザートアイスがついてきました。マッシュドポテトのフワフワした食感と美味しさに、これまた家庭料理といえども家庭では味わえないプロのシェフの腕前を見せてもらった気がしました。

というわけで、これまで思い込んでいたサンクスギビングのお料理について、何とも驚くことばかりでした。

CHILDREN / 子供のこと, Kindergarten / 幼稚園

幼稚園生活に不安を感じているワーママさんへ

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東京では10月半ばから11月にかけて私立幼稚園の考査が行われ、ちょうど今は合否の発表や入園手続きの行われる時期ですね。去年の今頃、私たち親子も嬉しさと幼稚園生活への不安にドキドキしていたなぁ、とあっという間だった一年間を振り返っています。

フルタイムで勤務しながらの幼稚園生活には様々な挑戦があり、この一年の記事は『ワーママの幼稚園ライフ(幼稚園生活・アフター幼稚園)』にまとめてあります。

当初、不安に思っていた数々の事、例えば毎朝遅刻せずに登園できるだろうかとか、お弁当のこととかママ友とのお付き合いのことなどは、どれも全て事前に想定できていたことで、それほど大変さを感じることがありませんでした。一方で、我が家にとっての最大の難関は午後保育への抵抗(幼稚園ではなく午後の託児所への登園拒否)で、これには随分と手こずらされました。最初の数ヶ月は、午後の託児所という目論見が見事外れてしまい、元々通っていた保育園の一時保育枠に舞い戻る生活で、二重に保育料を負担することになってしまうなど、予想外のことばかりでした。

ですが、今では当時のことがウソのように、娘は毎日楽しそうに幼稚園、そして午後の託児所にも通っています。

三年保育の年少さんというのは(特に我が家のような早生まれの場合には輪をかけて)、まだまだ幼児の延長線という感じで、気に喰わないことがあれば大泣きし、母親と別れたくなければ駄々をこね、疲れたり眠くなった時には感情を爆発させたりと、本当に全てが体当たりです。それでも不思議なもので、毎日ほんの数時間づつの幼稚園での集団生活を通して心身の成長が見られ、今では登園時にグズグズと泣いている子は一人もいませんし、皆、それぞれ適応の過程を経て新環境に慣れていったようです。

来春の幼稚園入園への不安を募らせていらっしゃるワーキング・マザーの方がいらっしゃったら、ぜひともお伝えしたいことがあります。入園直後は確かに親子共に幼稚園という新生活に慣れるまで最も大変な時期ですが、一、ニヶ月もすれば子どもは劇的に変化します。時間のかかるお子さんでも、夏休み明けにはすっかりお兄さんお姉さんになって、春に大泣きしていたのがウソのようです。さらに年中、年長になれば慣れたもので、門のところで「バイバイ!」といって、自分で鞄を持って園の中に一人で入っていてしまいます。

ただ、「子どもの大泣き」といっても、我が子が狂ったように声を上げて泣いているのを見るのは本当に苦しいことです。似たようなシチュエーションはこれまでの保育園生活の中でも体験済だと思っていたところ、周りは全て専業主婦の環境で、降園時には本当の母親がお迎えにくる家庭ばかり。自分の子はシッターさんのお迎えで寂しい思いをしているのではないか、他所の子は幼稚園の後は家でゴロゴロしているのに、我が子は午後の託児所でストレスを抱えて夕方のお迎えを今か今かと待っているんじゃないだろうか・・・こんなことが頭をかすめるのがワーママの幼稚園生活です。(ちなみに上はどれも杞憂に終わりました。我が家の幼稚園では今や3分の1くらいのご家庭はシッターさんがお迎えに来ているようです。さらに幼稚園が終わったら習い事を一つ、二つはしごするのが恒例のようで、午後の時間帯を毎日ゴロゴロしている子はあまりいません。幼児教室併設の午後保育に入れているというと意外なことに羨ましがられます。)

話を戻すと、特に、自分には駆けつけなければいけない仕事がある中で、良かれと思って保育園ではなく幼稚園に入れた途端、子どもがキレるように泣くのを毎日みることになったら、途方にくれることでしょう。仕事も中途半端、子どもには泣かれ、ママなんて大嫌いと言われ、自分は一体何のために無理をして幼稚園生活を送ろうとしているのだろう・・・と、私自身、暗澹たる気持ちの中で今年の4月、5月、6月の半ばくらいまでを過ごしました。

このブログをしていると、時々、「うちも同じです」というようなご意見をワーキング・マザーをされているお母さま方から頂戴することがありました。そんな方々とのやりとりにも励まされながら、すがるような思いでネット検索をして、『三歳まで親と一緒なら子どもはキレないか』という記事を書いたところ、今でも最も読まれている記事の一つになっています。今年の夏頃までは時として感情が高ぶって大泣きすることのあった娘ですが、ある時からバッタリとキレることがなくなりました。そこには自分を取り巻く世界の秩序が半年前よりも理解できるようになった成長した子どもの姿があります。

例えば、何時なったらママがお迎えに来るという時間のことが少し理解できるようになり、金曜日まで幼稚園に通ったら週末がくるといった一週間というサイクルのあることに気づき、カレンダーに書いてある毎日の予定(ひらがなやカタカナ)を読めるようになったことで予想ができ、自分の家からどう行けば幼稚園に辿り着くという空間的なことも分かってきたことなどで、子どもの中に安心感が芽生えてきたようなのです。

母親が働きながら幼稚園生活を送るというのは本当に大変なことだと思うのですが、だからこそ手に取るように子どもの成長を感じることができ、何とも充実した人生の一時期を送れているように思います。娘いわく、「前はいっぱい泣いちゃってごめんね。ママお仕事しててカッコいいね。(自分も)大きくなったらプリン屋さんになって頑張るんだ~」などと申しております。こんなことを言うようになった我が子を見ていると、幼稚園という選択をして正解だったと思います。

 

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11月からの新生活で新たな誓い

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このところブログの更新が途絶えてしまいました。先月末で息子が保育園を退園して、幼稚園に通う娘と共にシッタ-生活に入りましたが、慣れない生活でなんだかとても疲れてしまいました。

朝からシッターさんに来てもらい、タッチ交代で息子を預けて娘と一緒に登園して、私はそのまま職場に行くという生活。一週間のうち3日はシッターさんは午前中だけで、幼稚園が終わる時間帯から息子と娘を午後保育に預けてもらい、それ以外の日は朝から夕方まで来てもらっています。

実際に始めてみると、シッター生活はかなり楽です。保育園に行かない息子の準備はほとんど要らず、お着替えと食事だけケアすれば後はなんとかしてもらえます。幼稚園のへの道のりも、子どもが一人だけというのはこんなにも楽なのか、朝の送迎が一箇所というのはこんなに時間がかからないものなのかと驚くほど気楽・・・と言うようなことを書くと、いま保育園生活真っ盛りで大変な思いをされている読者の方に失礼かもしれないですね。でも実はこの先があります。

生活面ではとても楽になったはずなのに、なぜかイライラしてしまう自分がいて驚いています。

一つはシッターさんとのスピード感が合わないことなのです。これまで午後の送り迎えや保育をお願いしてきたので大丈夫だと思っていたのですが、特に朝の登園・出勤前のリズムに慣れてもらえません。例えば、「今から急いで制服を着ること!」と長女に言い渡す場合、本当に大急ぎで着替えて欲しいのですが、そこにシッターさんが入ることで子どもがふざけてしまって、スローダウンします。大変な朝のオペレーションも全て自分のペースでできていたのに、そこに急ぐという感覚をあまり持たない他人が要ることでなんだかとてもぎくしゃくしてしまいます。

「朝の時間帯は急がなくてはならない」ということを、これからシッターさんには体得していってもらう必要があります。

もう一つは、保育園の送迎や日中の幼稚園のお迎えという日常の負担が減ったことや、幼稚園生活が全面的に軌道に乗ってきたことで、何だか気が抜けてしまったというか自分の中の我儘レベルがアップしてきたことです。今まで昼食を抜いてお迎えにダッシュしたり、午前二時まで仕事をした後に六時に起床してお弁当を作っていたむちゃくちゃな生活から開放されたことで、少しは人間的な気持ちが戻ってきたというようなことなのかもしれません。

子どもが生まれてからストレスを軽減させる一番の方法は「誰にも何も期待しない」ということでした。期待さえしなければ裏切られることはなく、憤る気持ちも押さえることができます。人は人。他人は他人。子どもを持つのは自分の勝手。幼稚園に通わせるのも自分の選択。全ては自分で背負っていこう。そんな風に考えて、できるだけ何も感じないように、何も深くは考えないように、全ては子どもたちと自分で完結するようにただ全速力で突っ走るような日々でした。

ところが、ここへきてシッターさんという甘えることのできる存在ができてしまいました。これが何かにつけて期待をしてしまう、という面倒くさい感情の起伏を呼び起こすきっかけとなっています。精一杯やってくださっているのに(しかも子どもを二人も見てもらっているのに)、「もう少しおもちゃを散乱させずに遊ばせてもらえないかしら」、とか「もう少し計画的にお昼寝をさせてもらえないか」などなど、ついつい要求レベルが高まってしまいます。

三つ目は、私生活の負荷が軽減されていくに連れて、徐々に仕事のペースがアップしてきたことです。これは以前と比べると天国のようで、やりかけの仕事を鞄に詰め込みながら一七時過ぎにはオフィスをでなければならない、寝るまでにやらなければいけない仕事を抱えて帰宅しなればならない、子どもたちを寝かせるまでに色んな事をしなければいけない。。そんな少し前までの状況を考えると、ストレスがものすごく減ったといえます。今では週に三日は17時半には夕食を食べさせてもらい、満腹になってゴキゲンな子どもたちをピックアップするだけなので楽勝です。あるいは、シッターさんが子どもたちをみてくれる我が家に帰宅するというのは何とも気楽なはずなのです。

でも、だからこそ、といえるのかもしれませんが、子どもたちをピックアップして帰宅した後、次は自分たち大人の食事をどうしようと考えると気が重くなり、家に帰ると昼間出かけたままの散らかった状態や、時に朝ごはんを食べたお皿などがそのまま残っていたりすると、とてつもない虚脱感を感じてしまいます。これほどまでに人的サービスを手配し、決して安いとはいえない報酬をあちこちに支払って育児や家事労働の負担を減らそうとしているのに、疲れた自分に襲いかかってくるのはやっぱり「その他もろもろの負担」なのでした。

これまでは、安かろう悪かろうの公的サービスの恩恵に授かり、そう文句も言えないと腹をくくってきましたが、プライベートなアレンジに変えた途端、あれこれと不満が続出です。

唯一の希望の光は子どもたち、特に上の娘が少しづつ思いやりの心を育めるようになってきたことでしょうか。「ママ大変だね。おりょうりはぜんぶおてつだいするからね」などと言ってくれるのを聞くにつれ、あと少しの辛抱かなと思います(と思いたい!)。

この際、この環境を子どもの教育に最大限に活用すべきなのかもしれません。ママがどんなに大変かということに「共感する」、どうすれば自分が力になれるか「解決策を考える」、そして「行動する」。この課題をこなせる子どもに育ったら小学校受験で求められる思考力、共感力、行動力などはほぼクリアできているに違いありません。疲れ果てた母親が家の仕事をしているのに、自分たちは好き勝手に遊んだり、テレビを見て知らんぷりをしたりする子どもにだけは決して育てないようにしよう。こんなことを密かに心に誓いながら、新しい壁を打開したいと思っています。