自分がどんな母親になりたいのか・・を模索中なのかもしれません

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来月になると母の日ですね。先日入ったコーヒーショップのディスプレイが綺麗だったので写真に撮りました。

一口に母といってもいろんな母親像があるかと思いますが、このところ保育園で知り合ったワーママさんたちと幼稚園で知り合ったワ~ママさんたちとの会話を通して、両者の優先付けの違いや事情、子どもとの向き合い方を学ぶことのできる日々です。

どちらが正しいという正解がなかなか分からない子育てについて、両方の意見を聞いていると最終的にどうしようかということを決める手がかりになることが多いような気がしています。

例えば、今最大の悩みである、娘がアフター幼稚園の託児所に行きたがらないという問題をめぐって、これを我儘と捉えるのか、無理強いはしないと考えるのかについて参考になる考え方がいくつかありましたので、今日はそのことについて書いてみます。

我家の場合、息子や娘はこれまで保育園や幼稚園には特段の問題もなく通ってくれてます(時に泣いたりということはあっても、激しく拒否するということはありません)が、アフター幼稚園の保育先として選んだ託児所にだけは娘がなぜか馴染めず、前日やその日の朝から行きたくないと涙することがよくあります。

幼稚園の降園後、これまで通っていた保育園なら行くというので、幼稚園の後に急遽保育園の一時預かりをお願いすることが何度となくありました。

この点、「登園拒否」という検索ワードでネットを彷徨うと、保育園や幼稚園の登園拒否を扱うものが沢山出てくるのですが、そういった第一義的なスクールには問題なく通う子が、その後の午後の保育に行きたがらないという悩みにはあまりお目にかかることができません(切実な問題ではありますが・・贅沢な悩みなのだと思います)。

一般的に子どもが「保育園や幼稚園への登園を拒否する」という場合、子どもには我儘を許すべきではないという厳し目の意見から、我慢させてまで行かせる必要はないという意見に二分されるようです。

うちの場合、幼稚園には行ってくれて、その後にこれまで馴染みのある保育園になら抵抗なく行ってくれるものの、新しい保育先には通いたがらないというケースになるため、一言で我儘で片付けるのは少々可愛そうな気がするのでした。

そして、もう赤ちゃんではないサイズの子どもを無理やり抱っこして連れて行くわけにも行かず、また、幼稚園以外にも体操やバレエといった習い事も頑張っていることだし・・と、まだ早生まれの年少児ということを考えても、我が子なりによくやっていると思えることも多いのです。

そんな訳で4月中は新しい託児所との契約が(そしてもちろん月極の高額請求も)ありながらも、弟の通う保育園の一時保育にすがるようにしてその日、その日の保育を凌ぐということが、今月に入ってから週に何度もあります。

このような状況の中、対照的だなと思える親子がいらっしゃいます。

一組は同じ保育園から同じ午後の保育先に移ったお子さんで、お母様がフルタイムで働かれているため、4月からいきなり一日10時間ほどを新しい託児所で過ごされています。話しを聞いてみると、今週になってもまだ涙することがあり、登園中の電車の中でも泣いたり、入り口のところで行きたくないとぐずることがありながらも、その状況が随分改善されてきたというようなお話でした。

さらに、親にも事情があって仕事をしている中で、毎朝上の状況になるのが親としても辛く、ついつい子どもに感情的に接してしまう・・とお母さま。これを聞いて「なんてひどい!」というのは簡単ですが、子育ての負担を母親が一手に引き受け、心が引き裂かれそうな気持ちで毎日子どもを預けなければいけないというのは、親側にも耐え難いストレスが生じているからこその葛藤があることでしょう。

もう一組は幼稚園で知り合ったお子さんで、下に赤ちゃんがいるため、時々預けるために午後の保育先も探しているけれど、幼稚園が終わってから夕方までずっとというのは長すぎると感じるということでした。こちらは専業主婦の方のお子さんなので、ゆったりと親子の時間を過ごされていますが、年少児という年齢を考えた時、片時も離さずに子どもと接していると、丸一日人任せにするというのはあり得ない状況なのだな、と感覚の差を感じるのでした。

この数週間の子供の様子について会話している中でも、午前中のほんの数時間を幼稚園で過ごすということについて、「子供たちは本当によく頑張っている。褒めてあげないと」とおっしゃっているのを聞くにつけ、「保育園の子供達は大抵朝から夕方まで集団保育の中で頑張っていますよ」とはいえない雰囲気がありました。

上の対照的な母親像を比べやすいように、敢えて「スパルタママ」と「甘いママ」とに二分してみたいと思います。

スパルタママさんのお話を聞いていると、子どもが託児所に行きたくないといって涙した時の自分の対応について反省させられる点として、いつもの保育園に行くことができるという選択肢を見せることで、子どもに逃げ道を作ってしまった、と感じます。ここしか預け先がないという気持ちで接すれば、子どもにも伝わったのではないか、例え涙しても強制的に連れて行けばそのうち慣れたのではないか、という気もします。少々辛くても、どうしてもっと毅然とした態度で子どもと向き合わなかったんだろう・・・と自分の優柔不断さが責められます。

方や、甘いママさんのお話を聞いていると、自分が子どもの立場だったらこんな子供目線のお母さんだったらいいな、と思ってしまいます。やはり幼稚園のお迎えには本当のママに来て欲しいし、何よりも自分のことを優先して欲しい、自分のことを一番に考えて欲しい、一緒に時間を過ごしたい、そんなふうに感じます。

自分自身が三年保育の幼稚園に入園した時のことを記憶していますが、いきなり母子分離の状態に置かれて、お母さんが全くいない環境で集団保育に身を置かれるのは、慣れるまで結構なストレスでした。それが毎日夕方まで続き、しかも規律に厳し目の先生たちがたくさんいるところ・・・なんて逃げ出したいほど嫌だろうなぁ。。と思うにつけ、娘が泣いて嫌がる気持ちが理解できたりもします。

ワーキング・マザーが子どもを幼稚園に通わせるとなると、ある意味でスパルタママと甘いママの中間に身をおくこととなり、上手くハンドルできないと子どもを生殺しのような状態においてしまうリスクがあります。甘いママさんのように完璧に子供中心という訳には行かないけれど、スパルタママよりは子どもよりの目線を持っていたい・・・そんな欲張りな気持ちも、子供の心のケアができなければ価値は半減してしまいます。

 

もう一度頭を整理してみると、まず、子どもが学校や習い事を嫌がる場合、何らかの障害がどうしても乗り越えないといけないものなのか、それとも避けて通れるものなのかによって、対応は変わってくるはず。前者であれは毅然とした態度で接すべきだし、後者であれば無理強いをする必要はないということになります。

そして、どちらの対応が現実的かどうかは、保育サービスの選択肢、仕事やお金といった経済的な事情も無視することはできません。

娘に、何がそんなに嫌なのかと聞いてみると、「先生がぎゅーしてくれない(抱きしめてくれない)」、「先生が怖い」と本人は語ることが多く、状況的に判断すると、幼稚園という新しい環境でかなり疲れた上に、新しい環境では優しい保育士さんではなくて教育者としての先生たちがおり、急にお昼寝時間がなくなって体力的にも夕方までママを待つのが辛い、そんなところでしょうかね。年少といってもさらに早生まれの娘にとっては、精一杯なのだなぁ、と感じます。

夜寝る前に「ママ、明日は◯◯に行きたくない」、朝起きて暗い顔をして「やっぱり行きたくない」という娘を見ていると、あまりに可愛そうで、楽しいはずの幼稚園の三年間のスタートでこんな悲しい顔を見たくない!と思ってしまいますが、一方で二ヶ月先まで保育契約と支払い義務が確定されているので、契約外の手段をとればそれはそのまま追加請求として予算外の負担としてのしかかってきてしまいます。

仕方なく、これまでお世話になっていた保育園に連れていくと(むろん契約外の保育サービス)、パッと顔が明るくなり、先生に「お久しぶりね~」とハグしてもらうと、本当に嬉しそうに先生に甘えている、そんな姿を見て、この子が今必要としているのは愛情たっぷりに接してくれる親戚のおばさんのような存在なのだなぁと感じました。

幼稚園は行くし、習い事もちゃんとやる、ただ午後の保育先だけ新しいところじゃなくて保育園に行きたいという娘の願いを聞き入れてあげたいと思います。

しかも保育園の先生たちも三歳児以上なら保育枠が空いているのでどうぞ、という感じなので、ここは一つ幼稚園に戻る(前部でなくても部分的に)という選択肢もありだなぁ、と思う今日この頃です。

 

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自分がどんな母親になりたいのか・・を模索中なのかもしれません」への1件のフィードバック

  1. 心が安定する場所を作ってあげるのって、大切ですね。以前通われた保育園で過ごす時間、保育士さんからギューっと抱きしめてもらうことは、きっと心の栄養になると思います。
    私も働く母親で、先週から娘は午前中は幼稚園、昼シッターさんの送迎、午後は託児所で過ごし、18時に私がお迎え、という生活が始まりましたが、娘は帰宅途中だったり、帰宅後にちょっと気に入らない事があると手が付けられないほど大泣きする状態がこのところ続いています。ウチは以前通っていた保育園に戻ることはできないので、保育園時代の大好きだったお友達数人と会って大はしゃぎする機会をコンスタントに作ったり、自分たち親が、時には祖父母が娘をぎゅーぎゅー抱きしめ、娘の心が暖かい気持ちで満たされるようにしていくしかないかな、と思っています。

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