母の会で教わったこと、「安心して子供を見守ってください」

入園式から一週間がたった日に開かれた母の会で、園長先生の話を伺いました。

最初の数週間ほどは子供は泣くもので、時には最初は大丈夫だったのにしばらくしてからなく出す子供もいるけれど、それは珍しいことでもなんでもなく、次第に幼稚園の生活に慣れていくものなので、どうか保護者も不安に思わないでいてください、ということでした。

うちの娘も普通保育が始まって三日目には涙を見せることなく、「じゃあ、行ってきます」と手を振って入室するようになり、日々進歩を感じます。自分を取り巻く環境のことをすべて把握できていない状態で、新しい人や場所に慣れていくというのは、まだ小さい子供にとっては緊張もするでしょうし、とても頑張っている状態なのだと思います。

初日の送り迎えでの大変な有様(親にとっても子にとってもはじめてづくし)を目の当たりにした時には、これはシッターさんのお迎えには相当時間がかかりそうだ、と目の前が暗くなったものでしたが、人間不思議なもので、三日、四日と同じ風景で同じ行動パターンをなぞっていると、以前からこういう生活リズムだったような錯覚にすら陥ります。

そんな子供たちをぜひ褒めてあげてほしい、と副園長先生がおっしゃいました。特に子供がいうことをよく聞いて、それを反復しながら具体的に褒めることが大切なのだそうで、表面的に流さないように気を付けるということでした。もし仮に集集団生活の中で嫌なことがあったとしても、同じように話をよく聞いて、抱きしめて、そしてそれで終わりにすることが大切なのだそうです。

親が前向きに接すると子供は後を引かないのだそうで、仕事を持つ母親としては、まずは自分が精神的にもっと強くならないといけないなと思います。

その流れでドロシー・ロー・ノルトの有名な詩『子は親の鏡』が読み上げられました。(ちなみにこの詩は、原文で読むと韻が踏まれていて、異言語ではどうしても失われてしまう美しいリズムがあることに気づきました。

詩の中の一説に「『可哀そうな子だ』と言って育てると、子供は惨めな気持ちになる」というくだりがあり、私などはついつい実母から「保育園に子供を活かせるなんて可哀そうだ」などと幾度となく言われてきたこともあって、表面上は気丈を装っていても、心の中では「やはり可哀そうなことをしているのではないか」という思いを絶つことができないでいます。

幼稚園に進むことについても、周りからはお受験プレッシャーをかけられるという悩みはないものの、逆に「そこまでしなくてもいいのでは?」と言われることの方が多い環境にいたりします。そのため時として、自分一人が良かれと思ってやっていることは、子供にとってはただ辛いだけで、なんだか空回りしているように感じることがあります。

本音を語れば、専業主婦のお子さんの多い環境に子供預けて、自分は仕事も子育ても両手いっぱいにやるべきことを抱えた状態なんて不安だらけですが、子供が登園を嫌がろうと、「ママなんて嫌い」(女の子は口が達者です)と言われようと、自分たちはより豊かで経験に満ちた生活ができていることの幸せに目を向けなければいけないのですね。

保育園に預けっぱなしだったこの春までとは違い、日中に子供と過ごすひとときが増えたことで、何かと考えさせられることばかりです。親として足りないところや、もっと子供に関わりたいという気付きが多い分、確実に苦悩も増えますね(苦笑)。

そんなこんなも、夏が来るころには「あの四月はよくやった」などと懐かしく思えるのかもしれません。

非常にメンタルバランスを正常に戻すうえで、実りの多い母の会でした。

 

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