自分を「Amazon化」して働くことのむずかしさ

毎日暑い日が続きますね。

先週から今週にかけて各地で軽く40度をこえる猛暑日が続いて日本列島がパニックなどと報道されていますが、世の中がお盆休みモードに入ってくれたおかげでこちらは精神的にもゆったり感がでてきたところです。

先週の後半を夏休みに充てた私たち一家は今週は暑い東京に戻ってきました。

さて、私の場合、日頃からオフィスに出向くのが遅れたり、早帰りをすることがあったりと何かと職場に不自由をかけることが多いため、深夜、朝方にかかわらずこまめに携帯端末をチェックしてはその場で返信をしてしまうことで、いつでもどこでもバーチャルに仕事モードに切り替われるよう、心がけるようにしています。

自称、自分を「Amazon化」してみようという試みです。

これまでのところ、この姿勢は吉と出ていたのですが、ここへきてちょっとした失敗をやらかしてしまいました。

携帯端末(スマホ)にはプッシュボタン式のボタンがついておらず、(英語の場合は)スクリーン上の小さなキーボードで文字を打つのですが、何文字か入力すると単語の候補が出てきて、勝手に置き換わってしまうという、通常ならとても便利なオート機能がついています。

ところが、このオート機能のせいで、時には自分が意図したものと違う単語が出てきてしまうことがあり、気づいて訂正する必要がでてくるのでこれには要注意なのです。

私は移動中にさっさと仕事を片付けてしまおうと思い、とある幹部の方の名前を間違ったまま、その方にメールを送信してしまいました。

しばらくしてその方から返信が返ってきたのですが、私からのメールの宛名がいつも正しくスペルされたことがないとお怒りで、「この人はダメ」、「とても失礼な人」というクレームが並んでいて、しかもその文句は文面から察するに私以外の同僚に向けて送信されるつもりだったことが伺えました。

しかもこちらから依頼した内容が、部分的には私が少し手間暇をかけて調べればわかることも交じっていたので、それについても手厳しいコメントがついていました。

がーーーーん。

一年ほど前にグループ会社から移ってきたその幹部の方とは、面識こそあっても一緒に仕事をしたことがほとんどないので、こういう表面的なことで怒りを買うと一瞬にして信頼も失われてしまうということなのでした。

傍から見れば、名前を間違ったくらいで何を大げさな、とかこっちも不注意なら相手も(返信メールをこちらに誤送信するという)不注意をしでかしたじゃないかと思われるかもしれませんが、この際問題となるのは、失敗の公平感ではありません。

人のあて名を間違える(しかも何度も)ということに加え、相手の職階がわたしよりも上で、仕事上の信頼関係が希薄だということにさらに加えて、理由が何であれ相手を不快にさせたという時点で、失態をやらかしてしまったことは否めません。

日頃からお客様にアドバイスを提言して何かを改善させるという業界に身をおいて仕事をしている以上、こういう些細なミスでお叱りを受けてしまうのは仕方のないことで、仮に同じようなことを社外の方にしてしまったら「お宅とはもう契約しない」と今生の別れになる可能性もあるわけです。

それにしても、何がショックだったといって、自分の不手際そのものを責められるのはまだ我慢できても、「この人はダメ」、「この人は失礼」と人格レベルで否定されてしまったことでした。

普段から何よりも大切にしてきた職場での信頼関係というものにヒビが入ったということで、これは心穏やかではありません。

前倒しでとったお盆休みの真っただ中にこの事件が起きて心の中はどんよりと曇ってしまいました。

まぁ、でも起きてしまったことは仕方がない、と思い直して、自分の中で反省点をまとめてみました。

その一、子育て中で何かと忙しいという自分の事情を優先させてしまった。

その二、相手にとって最善のサービスを尽くそうとしなかった。

その三、ケアレスミスのチェックを怠った。

今週になって出社したころ、その方がオフィスにいるところを見かけたので、大変不愉快な思いをさせてしまったことを深謝してきました。

日頃からゆっくりと腰を落ち着けて仕事に取り組めていない自分がいたのですが、こういう些細なミスがより重大な過ちに発展する前に(アクシデントながら)言いにくいことを指摘してくださったその方にはむしろ感謝したい気持ちです。

厳しい顧客ビジネスの最前線で働く人だからこそ、他人のやる気のない仕事の仕方には目をつむれないということだったのだと思います。

まぁ、こんな胸の内をその人とお話しすることになり、結果的には、お互い厳しい環境で働いている者同士、これからもがんばってやっていきましょう!というような穏やかモードでお許しを頂くことができました。

そしてちょっと嬉しくなってしまったのは「こちらも失礼なことをしたのに、こんな風に会いに来てくれてわだかまりが残らないように話ができるというのはさすがだと思う」、と言っていただけたことでした。

よかった、もうすっかり失われてしまったと思っていた信頼関係の根っこがまだ抜けずに残っていてくれました。

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