エトワール(星)の幼稚園

先日、附属の幼稚園は辞めることにしたと書いたばかりですが、性懲りもなく、今度は(夏前から予定していた)男児向け幼稚園(少人数の女児枠あり)の説明会に出向いてきました。

長女の幼稚園を探しているはずの今、なぜ男児の幼稚園なのかというと、それには理由がありまして・・・。

まず、ワーキング・マザーであり続けることの個人的なこだわりとして、子供たちには出来得る限りベストな幼児期の環境を与えたいと思っているのですが、それぞれの個性に見合った幼稚園を選ぼうとすると自ずと女児だけの園や男児だけの園という選択肢が視野に入ってきます。

そして長女の幼稚園選びの結論として附属の女児園を受けないことにした場合、弟だけ附属の男児園にいれるという選択肢も恐らくは消えるわけで、上の子の幼稚園選びは下の子の進路にどうしても大きく影響してしまいます。

女子の附属園を受けないという選択をするにあたってその流れで自動的になくなるであろう長男の附属園という計画。

せっかくだから自分が手放すものを見に行こうじゃないか、と思い、上の説明会に出席してきたのでした。

そういえば、自分でも忘れかけていたのですが、三年前の今頃、育児休暇中にこの幼稚園の見学会に出かけたのが、そういえば幼稚園視察の第一弾、最初の経験でした。

そしてその素晴らしく手の込んだインフラが整備された幼稚園の様子にとても感心して、長男はここに入れたいなぁと思ったものです。

幼稚園なのに講堂があり、園児の背丈にあった大きいブロックをスペースいっぱいに並べて海賊ごっこなどをするそうです。

園舎の各教室の壁には世界地図や国旗が張り巡らされ、教室に所狭しと展示された図画工作の数々、各クラスでは小動物や昆虫が買われていたりと子供の知的好奇心を刺激する仕掛けがいっぱいある幼稚園でした。

実はこれを見てしまったせいで、それ以降どの幼稚園を見てもパッとせず、おままごとセットが置いてあるだけだと感じたり自然や放任を謳うも幼稚園側の関わりがあまり見えなかったり、どこかしっくりとくる幼稚園に出会うことが難しかったことを思い出しました。

そうはいっても、お金のかかる幼稚園のインフラが素晴らしいのは、当然のことですし、その部分は差し引いて考えるべきとは思います。

さらにエスカレータ式に入れたことで逆に勉強しなくなるリスクも生じるわけで、偏差値高め男子の育成にはなまじ公立のほうがいいんじゃないかという議論さえあったりします。

そんな気持ちに傾くからこそ長女の女児園もなしにするということで、説明会に出席したわけですが、さすが125年の歴史を誇るという伝統校ならではのミッション・ステートメントを聞いていると、なるほどなぁ、勉強ができる、競争力が高いというだけが教育じゃないし目標でもないなぁ。。と感じることしきりでした。

上の男児園はカトリックスクールなのでスクールチャプレンとして、担当の神父様がつくのですが、その方いわく、この学校ではキリスト教というバックボーンに支えられた宗教的道徳教育が中核にあり、子供たちが皆神様から愛される存在であるということを繰り返し日々の生活の中で教えていくそうです。

まだ未就学の児童にお祈りの心を教えたり、目に見えないものの存在について考えさせるというのはとても崇高な挑戦で、忍耐もいれば手間もかかる試みです。

 

さて、このブログで教育費のことを書くと必ずと言って良いほど読者の方から「共通のご意見」を頂くのですが、それは教育費と大学受験の成功は連動しないんじゃないか、ということで、私立に入れるお金があったら家族旅行など別のことができるとか、競争原理を考えるとむしろ公立で育てたほうがよいという指摘です。

確かに私もこの点は同意見なのですが、そもそも前提となっているのが教育費をかけたことに対する成果やリターンが高偏差値であることや難関大学合格、難関資格取得だとしたら、ちょっと違和感があるなと感じていました。

実際にはなぜ違和感があるのかについて幼稚園探しの終盤になってから強く感じるようになったのですが、個人的な趣味趣向として、宗教的な道徳教育という要素が自分にとっては外せないポイントだということを実感するに至りました(下記は主観的な意見になりますのでご興味のない方はスルーして頂ければと思います)。

子供たちが将来、無宗教になろうと、別の宗教を信じようと、それこそ個人の自由だろうと冷静な頭では思いつつも幼い心に信仰心の種まきをしておきたいということを思いの外自分の心が強く求めていることを一連の幼稚園巡りを通してハッキリと感じるのですね。。

特にアラフォーで子供を授かった身としては子供たちがこれから歩いて行くであろう長い人生をどのくらい先々まで見守って行くことができのだろう・・・

といった気持ちもあり、長い人生で直面するであろう悲しみや絶望や自分一人の力ではどうしようもない心の迷いがあったときに親がそばに居てやれるかどうかは分かりませんし、心の拠り所としての信仰心や何か軸のようなものを自分の子供達には伝えておきたいという気がします。

と、こんなことを考えていると、これはもやは「教育費」の範疇じゃないかもしれない、と思えてきました。

とすると、母親である私の趣味・趣向ということで「娯楽費」?

あるいは子供たちへの贈り物として「贈与」、「寄付金」?

早速、以前にも書いたとおり保育園派、公立派の夫にこの目からウロコの考えを話して再度交渉してみることにしました。

「仰るとおりど18歳の時点での学力を上げるためにわざわざ幼稚園にいかせることは投資としては成立しません。子供の社会的成功や想定生涯年俸への影響は不明でリターンが低いどころか逆ざやになる可能性もあるので、金銭的には保育園に行くのが王道かと思われます。大学受験の成功レシピは今のところ中高一貫校のようで、中学受験をするのに保育園出身者が不利だとうデータもありません。一方で、この二年にわたる幼稚園調査の結果、私の独断と偏見で特定の幼稚園に行かせたいと強く思うようになりました。ひいては公立幼稚園にかかる費用を超える部分は「趣味・娯楽費」として我が家の家計上は処理させて頂きたく・・・

と熱弁をふるったところ、夫は半分あきれ気味に

「好きにしていいよ、教育費でいいよ」と言ってくれたのでした(笑)。

ふぅ。

というわけで、志望動機も明確になってきたところで、あと攻略するのは本番の試験官だけということになりました(笑

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