東京サドベリーバレースクールの見学(後半)

さて、先日見学に伺わせて頂いた都内にあるサドベリースクールについての後記です。

実際に通われている生徒の方々がとても魅力的で主体的な人生を歩んでいることが言葉の端々にあらわれていたのは前半に書いたとおりです。

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このような最先端の教育的な試みが今後も継続し全人格的教育として素晴らしい成果をあげられることを期待するばかりです。

ただ、自分の子供をこういった環境におきたいかと自問すると、今のところ、「要検討」というのがわたしの個人的な答えです(あくまで個人的な意見ですが)。

その理由は、今の段階ではまだまだ実験的である点、そして従来の教育が「与える」スタイルであることに対して主張される「引き出す」スタイルという方針が、どこか行き過ぎであるように思える点です。

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まず、実験的なフリースクールが日本で正規の学校(学校法の一条校)として認められるためのハードルが高く

 

義務教育の期間は、籍を公立の小・中学校に置く形をとり

 

高校に通う年齢の子供については高卒認定試験を

 

受験しないと大学には進学できないという点。

加えて、同じ「サドバリー」という名前がついていても

 

世界中にあるサドバリースクールはそれぞれが独自に

 

創立されていて、あくまで任意でゆるく繋がっているという点

 

(上のレベルの学校に進学する際の認定システムや

 

海外の学校に行くときの国際バカロレアなどの

 

制度も現状では整っていません)。

在校生の父兄の方にこの辺りの考えを伺ってみると

 

ご自身がサドバリーの教育方法を最善のものと思っているという

 

強い想いがあり、いずれ世の中の理解が得られるように

 

変わってくる可能性があると思われていることや

 

子供の進学先も日本に限定して考えていないという

 

回答を頂きました。

そして、一方的に「与える」ことを極力避けて

 

子供の能力を「引き出す」ことに特化する教育スタイルについて。

確かに子供たちが自発的に何かに興味を持つことを大切にしたり

 

我を忘れて何かに集中している「フロー状態」を尊重するのは

 

とても大切な視点だと思う一方で

 

ある程度の年齢、ある程度のレベルに至るまでは

 

一方的に教えることで刺激を与えたり未知の体験をさせたり

 

あるいは体系だった方法で先に知識を詰めこむことで

 

何かに興味を持った時には既にある程度の基礎が

 

でき上っている状態に持っていこうとするのは

 

悪いことばかりではないのではないかと思えるのです。

一つには、脳の臨界期の問題があり

 

自発的な内的動機を尊重するあまり

 

子供がいざ何かに目覚めてやりたいと思った時には

 

既に年を取り過ぎているというリスクが大きくなります

 

(絶対音感や英語の発音などは分かりやすい例でしょう)。

また、多くの分野で基礎的な知識や教養が欠落していると

 

その先にある面白さの領域に達しないことが多いということが言え

 

大概の場合、この基礎的トレーニングはつまらなかったりします。

あるいは、自分の興味のない分野のことも幅広く学んでおくことで

 

自分の専門分野にプラスの影響があるというようなことも多く

 

「これを知っておくといいよ」というアドバイスの塊である

 

学校のカリキュラムというものが持つつメリットかと思います。

つまり、「好きな時に好きなものだけ学べる自由」とひきかえに

 

「その結果、何がおこっても本人の自己責任」というには

 

小学生や中学生の年齢の子供たちはあまりに幼く

 

場合によっては残酷な結果になり得るのではないかと感じました。

さらに、このような教育の理想像を求める上で

 

必要なのは、教師の質の高さや専門性だと思うのですが

 

そこには必然的に高いお金がかかるものと思われます。

例えば、ゆとり教育にみられた、履修範囲や内容、時間を

 

「ちょっと緩めてみる」という試み自体は

 

実はそんなに悪いことではなかったような気がするのですが

そこで生まれたゆとり時間を活かして

 

子供の興味や能力に応じた対応を効果的に行おうとすると

 

そこには莫大なコストや手間がかかることは必須で

 

教える側の教師に求められる力量や専門性も

 

相当高くないと対応できないのではないか、と思います。

つまり、せっかくのゆとり時間が上手く活かされないまま

 

だらだらと時間だけが過ぎていくリスクが生じるのではないか

 

ということです。

この点について、サドバリースクールは

 

誰でも通える身近な学校をめざすという理念があるため

 

授業料も良心的に設定されていて

 

生徒が何かを学びたいときにはボランティアや卒業生が

 

アドバイザーとなって、学科を担当するという制度があります。

 

このあたりが、「安かろう、悪かろう」のトラップに

 

陥らないでいてほしいな、と思ってしまいます。

一方で、教育者としての理想があり

 

もう一方で人材や施設、財務面でのリソース不足

 

という現実があるなかで

 

特にこのように「引き出す形」の教育法を実践していくのは

 

本当に難しい、そう感じた学校見学会でした。

まぁ、でも、世の中にこんな学校があってもいいかな、という気がします。

 

一般的な学校がおせっかいにあれこれ教えてくれようとする中で

 

自分にはなにかやりたいことがあり、どうか邪魔しないでくれという

 

子供がいたとしたら、ここは確かに理想的な学校です。

少なくともここには子供たち一人一人の居場所があり

 

大人も子供も等しく人格が尊重されて役割りもあり

 

小さなコミュニティーのメンバーとして学校経営に参画できたり

 

どんな活動を行おうと、勉強も遊びも等しい価値があるものとして

 

見なされます。

学校の理念も素晴らしいですし、スタッフや在学生の方々も

 

目が活き活きしてとても魅力のある学校でしたので

 

これからを見守らせて頂きたいなと感じます。

会計やお金の話ならいつでもさせて頂きますよ、と
ボランティアスタッフのサインアップをしてきましたので

 

また、今後、ご縁が繋がるかもしれません。

 

 

 

 

 

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