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ソフロロジー式分娩法

出産前、どうしても分からなかったことがあります。

それはお産ってどれくらい痛いのか?ということと、そして皆が口を揃えて「人生で体験した中で一番痛い」とか言いながらも、なぜ二人目、三人目を産もうと思うえるのか?ということでした。

「痛いんだけど忘れちゃうんだよね~」というのが経産婦の大半が口にするセリフで、「耐えられなくはない痛みだから大丈夫」といいつつも「会陰切開が痛いと感じられないくらい陣痛は痛いのよ」などと、未経験者にとってはなんとも不安を感じることを言ったりします。

しかもお産の痛みや痛み方には随分と個人差があるようで、陣痛の痛みは子宮口が開く痛さだと特定する人がいたかと思えば、生理痛がすごく痛くなる感じという子宮全体の痛みだと言う人や、鼻からスイカを出すという表現をする人がいます。

私の経験にも個人差が含まれるわけですが、出産の痛みの種類には幾つか会ったような気がします。

まず最初は「陣痛が近づいたよ」と教えてくれる痛みで、これはまに生理痛の延長線という感じの不快感です。この段階では、歩いたり、入浴したり、通常の日常生活は支障なく送れます。

これが過ぎると、子宮収縮が本格化してきて徐々に子宮口が開いていくのですが(私はこのプロセスが一番辛かった)、なにせ「いきむ」ことが許されない段階なのです。

わかり易い例でいうと、(お食事中の方はごめんなさい)例えば食中毒でお腹を下したとして、普通ならトイレに駆けこんでとにかく体外にだしてしまおうとすると思うのですが、「腸の出口がまだ開いていないのでいきまないでください」と言われるようなもの。

もちろん腸が痛いわけではないのですが、ひたすら定期的に訪れてくる痛みを逃がしながら耐えるしかないこの期間は、いつ夜明けが来るのか分からないところもあり、精神的に耐えるのが大変だと思いました。

そして、陣痛がさらに本格化してくると「あぁ~、これが噂の陣痛か」と思ったのですが、確かにそれはこれまで経験したどの痛みとも違っていて、鮮明に記憶するのは難しい種類のものでした。

鋭い痛みとか鈍い痛みのどちらでもなく、切られる痛みでも、引き裂かれる痛みでもなく、痛みの対象が空洞のような感じでド~ン、ド~ンという衝撃の塊で襲ってくる感じなのですね。

なんていうと意味不明かもしれませんが、狭い道を胎児が通ろうとして押し広げる痛さなんだろうなと頭で思いながら、痛いので目を閉じていると、う~ん、う~んと唸っている自分とお腹の中の胎児の様子が重なり、これって自分の痛み?それとも子供の痛み?と次第に訳が分からなくなり、痛みなら全部自分が引き受けなきゃ、なんて思いつつ、親子で一体化していくような不思議な感覚がありました。

傍から見ていると、耐え難い痛さにもがき苦しんでいるように見えるかもしれませんが(そしてそれもまんざら嘘ではないのですが)、私個人的には(赤ちゃんが苦しくないといいなぁ)とか、(もうすう会えるからあとひと頑張りしよう)と思いながら過ごした時間帯でした。

ちなみに、出産前にソフロロジーについて簡単に勉強しましたが、これは陣痛の意味を考えたり、一連のプロセスにポジティブな意味付けをするのにとても役立ったと思います。

特に、陣痛は赤ちゃんが生まれるために必要なものだということと、陣痛はピークの時でも長くて60秒ほどしか続かず、必ず休息の時間が訪れるというてこと、それにお産が終わった瞬間に陣痛の痛みはすっかり消え去ってしまうことなど、事前に出産をシュミレートすることで気が楽になります。

お産を終えてみて思うのは、あのよう衝撃体験があったからこそ、その直後から一人の人間が突如として自分の生活の中に加わる(というかほぼ中心的な存在になる)ことを受け入れることができるのだな、ということです。

確かに痛みは伴いますが、お産はそれを補って余りある体験です。

どんなに長いお産でも48時間以上かかったという話はまず聞かないし、一方で子育ての楽しみはその先何十年も続くとしたら、もう一人産んでもいいかな~と思えてしまう気持ちも、今は分かるような気がします。

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