仕事ができる、できない、はどう違うのだろう

ときどき仕事力というものについて考えさせられます。

自分が部下をもつ立場に立ってみて、これまで当たり前に誰にも備わっていると思っていたが、実はそうではないことが分かったスキルに気づくこともあります。

それは生まれ持った才能とうのではなくて、多分に異文化経験や切磋琢磨した経験から得るものだという気がします。

一言とで言うと「相手の考えを推測する能力」というものが、良くいわれる仕事のできる、できないに大きく影響するのではないかという気がしてなりません。

例えばいきなり海外に放り出されたり田舎から都会に出たりすると、言葉が不自由だったり勝手が違うので推測したり見当をつけながら当面を凌いでいくしかありませんよね。

「ひょっとしてこれかな~?」とか「あれ?期待されてたことと違うことやっちゃったかも?」なんて、常に疑問を抱きながら慎重に対応する癖がセカンド・ネイチャーとなります。そして、そんな当てずっぽうの正解率を上げるには、全体を見渡したり、相手の立場に置き換えて考えてみることが有効だということに気づかされます。

「推測する力」というのは、経験やトレーニングを長く続ければ続けるだけ、力は向上していく、考え方の癖のように思われます。

最近も部下を集めて「どうやったら感謝されるような仕事ができると思うか?」と問いかけてみました。

結果をまとめると、「独りよがりに結果をだすのではなく、求められるものを届ける」だとか、「待たせないで仕事を仕上げる」だとか、「期待していることをできるだけ詳細に把握できるようにいろいろ質問する」だか、いろんな意見がでました。

でも、「どうやったら相手の作業時間を減らせるだろうか」とか「相手の気づいていないことまでもこちらから教えてあげて付加価値をだせるだろうか」というようなレベルの答えには今一歩でした。

Aを頼まれてAをだす。もちろんタイムリーに出す。こんなことなら社会人一年生でもできたりします。

さらに一歩進んで、依頼者はなぜAを頼んできんだろう?用途は何だろう?Aが欲しいといっているけれど、本当の意図はなんだろう?頼まれた方法以外の方法ではどんなものが出せるだろう?依頼者はAを使って何をするんだろう?というような水平的な思考をまず働かせることができると、グッとレベル間がアップしますよね。

水平方向を一度さらってから、論理的に掘り下げていく。

Aと依頼されたけれど、自分はBも有用だと思う。両方提案しようか?それとも先にコンセプトだけ依頼者に聞いてみて作業を始めようか?Aを出すには時間がかかるが、Bなら今すぐ手に入る。それではBを先に届けておこうか?

なんていう、イマジネーションが仕事力につながっていくんじゃないかな、と思われるのですが、どうでしょう。

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